Melko

極道の妻たちのMelkoのネタバレレビュー・内容・結末

極道の妻たち(1986年製作の映画)
3.6

このレビューはネタバレを含みます

「うちは極道に惚れたんやない。
惚れた男が、たまたま極道だったんや」

たまたまアマプラで見つけた時に、もうすぐ見放題が終わると知り、駆け込み鑑賞。

伏線がほったらかしだったり、「キリのカス」の杉田が半端に動き回るせいで、結局全面戦争の平和終結がグッチャグチャになったまま終わるので、見終わった後がスッキリしない。「え、ここから戦争か…?」と思いきや、「終」とピンクの文字が出てきて終わる。「え〜〜…」て感じだけど、極道の世界で平和に解決なんてなく、誰かが恨み辛みを持ってる限り戦いが続くことと、女の潔さ・サッパリした感じを表してるのかなとも思ったり。

岩下志麻姐さんがやっぱり、美しくカッコ良い。切れ長の目に、まとめた髪、白い肌、着物をほんの少しはだけさせ、ネックレス。最初はちょっと胡散臭かったのが、なんだかんだ妹思いで、極道の妻たる覚悟を雰囲気で感じさせる凛とした雰囲気が凄い。
この姐さんがまとめる「懲役やもめの会」が、溌剌として楽しそう。極道の男を妻に持つ女たちの集まり。特殊な環境すぎて、ともすれば、小磯の嫁のように気が狂いかねない。極道の男を愛したわけではなく、愛した男がたまたま極道だっただけ。そんな女たちの悩みを、「我慢せえ!」と叱責するのではなく、「わてにどうしてほしいんや?」と、聖母のように優しく語りかける。女たちには、こんなリーダーが必要なのだ。「亭主の留守中に組傾けたら、女房の恥ですわ」と女たちに言わせるだけのカリスマ性がある。

爆乳ポロリ濡れ場体当たりのかたせ梨乃も凄かった。カタギから、愛した男を追って、極道の世界へ。代名詞である、あの悲しみをたたえた目が印象的。
そんな環と真琴姉妹の、5分に及ぶ掴み合いの大喧嘩の末、抱き合い泣きながらの姉妹の決別は、泣けた。極道の妻になり、組と言う家族に入れば、わたしたちは他人。もう姉妹でも家族でもない。自分が必死に守ろうとした妹が、銃口を向けてまで出ていこうとする。かたせ梨乃は本当に号泣してるようだった。姉妹の嗚咽を静かに外で聞いている男衆も印象的。(日本一の切られ役 福本清三さんが!)

錚々たる役者勢、関西弁はあと一歩…というところ。ほぼみんな関西出身ではない役者、健闘は評価したい。
東京出身の志麻姐さんや、山形出身の成田三樹夫なんてほぼ完璧な関西弁だった。

また、本物の彫り師が3時間かけて描いていた刺青が圧巻。どこからどう見ても、モノホンの刺青に見える。

女から見た極道。
ドンパチやったり、組拡大のために暗躍する男衆を
支える女、待つ女、突き放す女、働かせたい女。
藤間紫演じる堂本姐さんの、「これ以上若い者の命を無駄にしたくない」という言葉も、女性ならでは。

主人公を違う人が演じてシリーズ続いてるみたいだけど、どうなのかなあ。
この、静かな勢いと画は、この時代特有のもので、今だとこの雰囲気は絶対出ない気がするし、
環や真琴を違う人が演じても、これを超える迫力は、出ないと思う。
Melko

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