ペパーミント・キャンディーの作品情報・感想・評価 - 5ページ目

上映館(1館)

ペパーミント・キャンディー1999年製作の映画)

박하사탕/PEPPERMINT CANDY

製作国:

上映時間:130分

ジャンル:

4.0

「ペパーミント・キャンディー」に投稿された感想・評価

ソルギョングすごい、人生が顔つきに出る、を見事にやってます
イチャンドンってじわじわあと引く
20歳とかでこれめちゃくちゃ良かった!考えさせられた!とか言ってる人50歳で見たら気が狂うだろな
人生は美しい、どうだろうか


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ソル・ギョング兄貴目当てで鑑賞。

初っ端人生詰んでしまったソル・ギョングが「あの頃に戻りたい!」という絶叫を最後に列車に轢かれて命を絶つ所から始まり、そこからどんどん時間を遡る様にして彼の人生を振り返る構成。

中盤位までは人生に倦み疲れて荒み切ったクズの様なおっさんのしんどい日々が続き、ソル・ギョングの演技は良いんだけど観てるのがダルいな~なんて思ってしまう程展開も無く退屈。
だけど時間を遡る毎に主人公の本来の人となりが見えてくる。

荒み切って人を恨み家族を裏切り平気で人を殴る、そんな人物だった筈の彼が人を傷つける事に苦しみ、涙を流す心優しい青年だった事を理解していくとやり切れない気持ちと共に気付いたら画面に引き込まれてしまっていた。

軍隊と警察での過酷な経験が彼の心を捻じ曲げてしまった過程が、結果を先に知るという構成のお陰で虚しくてしみじみ辛い。
あんな時代を生きるには彼は優しすぎたのか、諸行無常をまざまざと見せつけられるのが地味に辛い。
所々散りばめられていた伏線も活きていて、凄く良い作品だと思う。
そして何気に「1987、ある闘いの真実」で政府と闘う派閥の象徴の様な活動家を演じていたソル・ギョングが、この作品では糾弾される側だった拷問警官を演じていたのが地味に面白かった。

それにしてもソル・ギョングの演技の幅はこんな若い頃から仕上がっていたのかと思う程素晴らしかった。
序盤人生に疲弊した男とラストの花を愛でる穏やかな表情の青年はまるで別人。
随所随所の演技、表情や声にも胸をつかれる物があって、流石だなぁ…と心から思う。本当に名優。

彼が最期に戻りたかった「あの頃」は何時なんだろうな…やっぱり20年前のあの場所なんだろうか…切ない。
トロいけど純朴で優しい人格が軍隊や警察時代を経て悪く変わっていったことからすると、彼も全斗煥政権による民主化弾圧の犠牲者の一人だったのかもしれない。
takandro

takandroの感想・評価

3.9
強いて良いのはカーセックスでの男への光の当たり方がワザとらしくて笑ったところ。
話が遡る系はどうも信頼できないし、ただの説明になりかねない。。
いい映画だし、構成もトーンも好きだけど、落ち込む読後感。。
主演の俳優さんが、中年から若者まで、髪型と演技で微妙な演じ分けしてるの、ちゃんとそれぞれの年代に見えて(説得力があって)、さすが。
軍隊体験は人を変えてしまうのかな。
丁寧で厳格なムードの映画。監督の主題に対する情熱の現れだと思う

繊細すぎていわゆるの男社会にぜんぜん馴染めないかつ頑固で口下手な男性は本当に大変だよね。大変だとは思うけど自分が変わることと人に期待しないことしかないと思うし私もそんな感じで生きてこーという決意を新たにした。この主人公みたいに結局いろんな人傷つけて、人に期待したまま狂って死ぬみたいなのは絶対嫌
aymm

aymmの感想・評価

4.0
狼狽して河原を彷徨う男。
同窓生たちがピクニックをしている所に絡み散らし、川にザバザバと入って行ってしまう。
全く共感しようのない男。

そんな彼の人生を遡る130分。
その遡り方が見事!
電車に乗って、韓国の1970~1980年代を旅しているような不思議な感覚になる。

その流れに身を任せていると、不意にくる衝撃に涙が出てしまった。

イ・チャンドン監督作品らしい、人間の臭みや純粋さを感じられる一作!

「オアシス」を観たのがずいぶん前だったので気づかなかったけど、主演はどちらも同じソル・ギョング!
彼の訴えかけるような表情に釘づけになってしまう…

苦しかったけれど、映画館で観れてよかった!
イ・チャンドンにしては少し説明的なシーンや明確な意味のあるシーンが多い。醜さやエグさの中に不意に映る美しさも他作品よりも弱めに感じた。だが、そんじょそこらの監督ではない片鱗を十分感じることができるし、ここから次作への成長などを考えてもすごい。DVDの解説から、日本と韓国が共同で文化事業に取り込んだ記念すべき最初の映画とあった。なる程。
湯呑

湯呑の感想・評価

4.6
映画の冒頭、主人公が夜間学校の同窓生によるピクニックに参加し、酒に酔ってひとしきり騒いだ後、高架線路の真ん中に立って列車が来るのを待っている。トンネルを抜けた列車が主人公の目前に迫った瞬間に映画はストップし、走る列車から見た映像が映し出されるが、流れていく景色から、それが逆再生されたものである事が分かる。この映像は劇中で章を区切る形で度々挿入され、線路を逆走する列車の動きに合わせて映画の時間軸はどんどん遡り、主人公が自殺行為に走るまでに至った経緯を明らかにしていくだろう。
各章の始まりには章題と共にテロップで年代を表示しているのだから、わざわざ走る列車の姿を逆再生で流さなくても、観客はこの映画が時間を遡っている事ぐらいすぐに分かる筈だ。イ・チャンドンはなぜ、説明過多とも思える映像を律義に挿入し続けるのか。それは、映画というものが基本的に反遡行的な性質を持っている事を理解しているからである。線路の上で主人公は、「もう戻れない」と涙ながらに叫んでいた筈だ。
絵画や彫刻と異なり、時間芸術である映画は現実の時間の流れに大きな影響を受ける。例えば、この映画から年代を示すテロップや逆再生の映像を取り払ってみればいい。もちろん、役者たちはそれぞれの年齢に相応しいメイクを施しているのでそこから推量する事はできるものの、次々に時間を遡るという本作の構造は途端に分かりにくいものになるだろう。(たとえフラッシュバックやカットバックが挿入されようと)最終的には現実の時間の流れと同じく、映画内の時間の流れは過去から未来へ進んでいると考えるのが自然だからだ。これは、私たちが時間に束縛された生を送っている事と不可分の感覚である。
本作と同じく、物語の終わりから始まりへと時間が遡るクリストファー・ノーランの出世作『メメント』において、主人公に前向性健忘症という特性が与えられているのは、映画内の時間を逆行させた場合に生ずる不自然さを観客に受け入れてもらう為の工夫である(『メメント』はこの主人公の特性を利用する人物が登場し、更に物語を錯綜させていく)。『メメント』ではキャラクター設定のレベルで処理していた問題を、イ・チャンドンは線路を疾駆する列車という、運動の軌跡によって処理している。列車は逆走し、やがて環状線の様にぐるりと一回りして現在へと再び姿を現すだろう。その時、映画の始まりと終わりで草むらに寝転んだ主人公が流す涙の、残酷なまでの意味の違いに私たちは胸を打たれる。
filmarks

filmarksの感想・評価

4.7
始まりと終わりを見事に繋いであるしめちゃくちゃわかりやすい分しっかりと話に入り込めてしまって大変なことになった…
あの時もし少しでもタイミングが違えばとか、あの時ああしていればとか、
今更考えてもどうにもできないことってなんか1番悲しくて悔しいな