しろくま74

腑抜けども、悲しみの愛を見せろのしろくま74のレビュー・感想・評価

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『桐島』の吉田大八つながり、と言ってはちょっとアレなんだけれど、この”女スプラッター映画”についても、少し書いておこうと思った。

吉田大八氏の監督としての魅力がどこにあるのかは、私は知らない。けれど、『桐島』の朝井リョウ、『腑抜け』の本谷有希子、それぞれの”原作もの”を、これほど魅力的に、しかも原作を感じさせず撮るのだから、力のある人なんだろうと思う。

学生時代に、劇団活動をしている知り合いがいて、機知に富んだ物言いとか、全身からみなぎらせているパワー感とかが、とっても苦手だった。いかにも、そういう人たちがつけそうなタイトルで、はじめ敬遠していた。

だって、「腑抜けども」とビンタを喰らわせ、「愛」の前に「悲しみ」をつけて、宙返りせずにはいられない人種だもの。しかも「見せろ」だって。やだよ、たまんないよな、と思っていた。

でもこの映画は、ほんとうに観てよかった。フィルマークスの評点が低いのが気になる。『桐島』と『腑抜け』は、ともに4.0はあっていいと思う。

フィルマークスの利用者が比較的若者よりだとするなら、「若造ども、欺瞞(ぎまん)の眼をさらけだせ」とか言って、加齢臭に満ち満ちたオジさんぶりたくなる…アホですね。

数年前、テレビ録画で観て面白かったので、妻に伝えたら「私も観る!」と言われ、すでに消去してしまったことに憤激(ふんげき)され、あわててツタヤに走った。妻がサトエリに見えて震えた。

それが男の思いであったり、男の行いであるなら、私は120%理解できる。優しさと冷酷さ、一途と浮気、高邁(こうまい)と俗(ぞく)、嘘とほんとう、冒険と保守、繊細さと鈍さなど、あらゆる機微が手にとるようによく分かる。

たぶん、私の本質が、とても男っぽいからだと思う。

だからかもしれない。私にとっての興味の対象は、いつからか女性になっていた。いわゆる女好きな人間ではなく、むしろ、女性はおっかなくてしょうがないのだけれど。

おっぱいとかお尻とか、足フェチとか、いいないいなと、どれほど欲望が膨らもうと、カマキリの交尾の最後にオスは首をはねられるように、女性に喰われるのが、ほんとうの性(さが)というものだ。

高校時代の国語の先生が、「化粧」の意味を解説してくれて、「あれはな、実は化生(けしょう)ということでな。だから女ってばけものなんだよ。ふふふ」とか言ってて、素敵な人だった。あぁ先生…とか思う。

男ってこういう生き物です。というのを、私はたぶん書ける。男なら、きっと誰でも書ける。けれど、女ってこういう生き物です。というのを、女の人たちは書けるのだろうか。たぶん、書けないと私は予想している。そして、そこに女の本質があるように思う。

『源氏物語』の光源氏は「桐島」で、味わうべきは、その周囲にいた女たちの物語であったように、男は女たちによって消費されるのが正しい。村上龍ってすごいですね。

本編の内容については、触れていないけれど、とどのつまりはそういう映画だった。女がどういう生き物かを、ほんとうに知りたい男子たちが見るべき作品。

ラストのオチしかり、エンディングの吹っ切れかたもしかり。この”女スプラッター映画”を正しく受けとめたうえで、アレがちゃんと元気でいるのが、男の本懐(ほんかい)です。いっしょに頑張ろう男子たち。