次男

小説家を見つけたらの次男のレビュー・感想・評価

小説家を見つけたら(2000年製作の映画)
3.9
とても良い声で物語を語ってくれるような。ひとつひとつのシーンが、静かにぼくの中に沈着していくよう。すとーんと、じゃなくて、じわーと沁みてく。とても気持ちが良い。このひとの映画の語り方はとても気持ちが良い。

別の映画を観ようとして、30分で(久しぶりに!)諦めたあとだったので、このストーリーテリングにより魅了された。

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物語をまったく知らなかったので、「天才の話なのか!大好物やで!」と観初めた。と思ったらさらに(年の離れた)友情の話で、あら、なんや、あの映画と一緒かしらん、と。主人公のバックボーンまで似通っていて、また驚く。非難ではなく、どんな心持ちで撮ったんだろう?マットまで出てきた終盤には、もいっこ驚いた。

もちろん例の映画は大好きだし、上述の通り語りが異常にうまいので観れてしまうのだけど。

なんというか、あれだけじわーっと観られていたのに感動が少なかった一因は、ここにあるのかしら。

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感動しきれなかった大きな原因は、わかっている。こちらは好みなのかも知れないが。

僕は、クロフォード教授を憎めなかった。

なにか別の映画の感想文でも書いたけど、敵役の作り方って、本当に難しい。敵役を作るなら、きちんとぼくらにそいつを憎ませてほしい。でもそれはなかなか難解で、なぜなら、往々にして、彼らにも人生と信念と目的があるから。

僕は、クロフォード教授を憎めなかった。文章を愛するがそれに相応する才能がなく、それでも、不本意な形でそこにすがる。彼の何十年はどれだけ苦痛に満ちてるだろう。天才たちの肖像画と、不意に現れる才能の萌芽に触れて、どんな気持ちでいるんだろう。
そんな彼が、最も才能という言葉に厳しい彼が、他のモブ教師のように安易に裁定できるわけもない。それは実に人間らしい。
バスケの試合の結果如何で処分を決めるというあの展開だって、「え?クロフォード教授がそれを許したの?彼も学校に仕える身、身を削る思いでその判断を受け入れたんだろう…」なんて思ってしまった。

ジャマールだって、潔白じゃない。溢れる才能こそあったのかもしれないが、あの提出物には後ろめたい思いがあったはずなんだ。そしてあれは、やはり許してはいけないことで。才能の如何に関わらず、どんな天才だろうと、彼が若い証拠であり、そしてあれはある種諦めたように振る舞う彼の、初めての強い欲だったんだし。才能に溢れるからこそ、大人が舵取りをせにゃいけん場面だと思うのだ。(というか、そういう話になるとばかり思ってた)


クロフォード教授は、なんであんなに辱しめられなければいけなかったんだろう?

自分に引導を渡した小説家が現れても、紳士的対応を崩さなかった彼に、なぜあんな辱しめが待っているんだろう。

天才の話は大好きだが、天才が凡才をのすという構図は、どうも好きではない。
この映画に、敵役なんて必要だったんだろうか。正直、クロフォード教授を(立ち位置としての)悪として描くための演出だけ、浮いてたと思う。あとはみんな生きてたのに、彼だけとても記号的。誰も傷つかず傷つけず、終われなかったのかな。天才の隣にいる人間の苦しみだってあるんだよ。

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最後にまたネガティヴなことを。

受取手の(僕の)センスかもしれないけど、満を持して壇上に上がり、あれだけ揶揄していた「朗読」をするというあの展開は胸熱だった。胸熱だったけど、、あれは名文なのか?

もちろん悪いなんて思わなかったけど、なんというか、凡庸な印象を受けてしまった。大事なパフォーマンスの場面なのに、あれ?と…。まるで音楽映画のラストの演奏がパッとしなかったように。

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なんだか不満ばかりなメモになってしまった。でも、我ながら驚くのが、これだけ首を捻りつつも、観終わったときは大変満足していたこと。それだけ語る声が気持ち良かったってことなんだろうなあ。
本当に心地良かった。このひとの語りをもっと聴きたい。