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近松物語のKuutaのレビュー・感想・評価

近松物語(1954年製作の映画)
4.0
溝口作品。人妻おさん(香川京子)と奉公人茂兵衛(長谷川一夫)が、偶然や誤解の重なりから秘めた思いを曝け出して逃避行に走ることに。封建社会に対抗する自由恋愛、というシンプルなお話。大経師という職業を初めて知った。

冒頭で磔の映像をしっかり見せることで、確実に死に向かう2人の運命を観客に意識させながらも、映画内では実に色んな欲望が渦巻いており、彼岸へ渡ろうとする湖のシーンでは生へのポジティブな感情までもを描いてみせる(おさんが素直に「死ねんようになった」と語る場面でありながら、本当に不義を働き死を招くきっかけにもなってしまう皮肉)。

前半は屋敷の中での会話劇が中心。陰影を効かした撮影、高低差も左右も奥行きも的確に活用した人物配置、宮川一夫の流れるようなカメラワーク。大きなドラマはないが、どのシーンも濃密に作り込まれながらよく整理されていて、見ていて気持ちが良い。不義が疑われる夜の勘違いの連鎖は、ハリウッドのスクリューボールコメディを連想させるようなテンポの良さだった(個人的には、話が外に広がってしまう後半よりも、この辺りまでの方が楽しかった)。

おさんと茂兵衛が、逃避行を通じて男女の関係になっていく。互いにもたれ合う雰囲気の変化が画面から伝わってくる(「田舎出の真面目な男」の割に長谷川一夫が色っぽすぎるきらいはあるが)。

最大のクライマックスは終盤のおさんの実家での会話だろう。大経師の主人のクソ野郎っぷりもさる事ながら、元はと言えばおさんの兄の目に余る能天気さが事件の原因である(追っ手に捕まる悲劇的なシーンの直後に兄の気の抜けた歌を入れる編集に笑った)。一種の貢物としておさんを扱ってきた岐阜屋にも問題の一端はある訳で、母と兄は「まだ間に合うから戻ってくれ」と懇願するが、おさんと茂兵衛はあくまで恋愛を貫く宣言をしてみせる。

この場面の2人の表情が素晴らしいが、序盤の(当時の)社会人としてはまともな態度からのあまりの変化に、一つ歯車が違っただけでここまで人は変わるのかと、思わずにはいられなかった。

ラストで「晴れやかな表情」と露骨な説明台詞を挟みつつも茂兵衛の顔が暗いようにしか見えないのはやや気になった。町の人や観客の目線では彼の心には近寄りようもないという演出なのか、単純に演技の付け方がおかしかったのか、疑問が残った。81点。
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