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白いリボンのnetfilmsのレビュー・感想・評価

白いリボン(2009年製作の映画)
3.9
 舞台は第二次世界大戦直前の北ドイツの小さな村で始まる。年老いた男の独白、1913年〜14年までの僅かな期間、診察帰りのドクター(ライナー・ボック)が自宅前に張られた針金のせいで落馬し、入院する。これまでのハネケの映画の中でも特に不穏さを掻き立てるオープニングである。そのドクターの落馬事故による入院から、小さな村の中で次々と悲惨な出来事が起こる。男爵(ウルリッヒ・トゥクール)の家の納屋の床が抜け、小作人(ブランコ・サマロフスキー)の妻が亡くなる。男爵家で行われた収穫祭の宴と同時刻に、小作人の長男マックスは、男爵家のキャベツ畑を荒らしていた。その夜、男爵家の長男ジギが行方不明になり、杖でぶたれ逆さ吊りの状態で見つかる。後日、男爵夫人は子供たちを連れ、実家のあるイタリアに一度家族を逃がす。これらのエピソードは明らかに何らかの因果関係を持っているかのように描かれる。目には目を歯には歯をのように、様々な憎悪が複雑に絡み合い憎しみの連鎖は起きる。小さな村はハネケ作品における「階級社会」を反映するコミュニティとして機能する。村を実質支配しているのは男爵であり、彼が小作人家族を抑圧下に置く。
 
 ハネケ映画ではしばしばこの「階級闘争」や「人種差別」が元になり、世界は一つの球体として奇妙なバランスを持って描かれる。その絶妙なバランスに誰かがヒビを入れ、球体は割れていく。抑圧やストレス下に置かれたか弱き者が最後に球体のバランスそのものをぶち壊してしまう。今作において僅かに小作人の親子が出て来るものの、残りの大人たちは全て聖人のような職業に就く人物として描かれる。ドクター、牧師、男爵など本来聖人君主であるべき大人たちがみんな罪を犯し、心に闇を抱えている。ドクターは助産婦と不倫関係を続けており、牧師は子供達の抱える闇に薄々気付き、とりわけマルティンとクララに目を付ける。だが前作『隠された記憶』でも象徴的だったように、ミステリーは全てを未消化のままでそこに取り残される。ドクターの自宅前に針金を張った人間も、小作人の妻を不慮の死に見せかけて殺した人間も、ジギを宙づりにした人間も、ここで起きた事件の何もかもが、何一つ犯人が明かされない。ただカメラはやんわりと観客の興味を犯人と思われる被写体の元へ向ける。橋の欄干の上でバランスを取る歪んだ病巣、聖体拝領に向かう牧師の心理的葛藤、ハンディキャップを持った少年への更なる虐待、籠の中の鳥。厳格なプレてスタント教育への憎悪と復讐は、ナチス政権に導いてしまった世代の抑圧された少年期を憂う。