白いリボンの作品情報・感想・評価

「白いリボン」に投稿された感想・評価

踊る猫

踊る猫の感想・評価

4.3
何故この映画がモノクロームで撮られなければならなかったのか、その理由を考えさせられてしまった。それは恐らくこの映画が子どもたちがつけさせられる、「白いリボン」に象徴される「無垢」を際立たせるためではないかと思ったのだ。詳しく書くとネタを割るが、この作品では結局のところ真相は「グレーゾーン」で終わる。語り部が「グレー」の服を着ていること、あと教会に集まった大人たちが「黒」い服を着ていることに注意しよう。それは欺瞞に満ちた大人たちの「嘘」を指弾しているのであり、子どもたちは「白」い服を着させられているからこそ「無垢」なのだということではないか。「無垢」なのに、ではない。「無垢」だからこそ……これ以上は流石に書けない。ロングショットで撮られたキャベツ畑や雪原、草原の持つ「白」さを際立たせており、映像美は優れている。サスペンスとしては『隠された記憶』にやや劣ると考えたのでこの点数に。
集中力が続かなくて、ブログのレビューを読みながら観てしまった…。
この映画のパンフにハネケ自身がコメント書いてるらしいから、それを読みたい。
あと、ハネケの他の映画を観たい。

どうでもいいけども、語り手の教師の人の髪型はどうにもならないのか
ジロウ

ジロウの感想・評価

3.3
曖昧な不気味さ。たぶん、あれが本当だと思う。いや、こういうことなのか、、、

白いリボンはどこにある?
fujiK

fujiKの感想・評価

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📀✒️📑
あ

あの感想・評価

4.5
20180323
残された不快感
観客を共犯者にさせる
へぇ

へぇの感想・評価

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2018/03/21

不気味な感じです。
 撮影から編集まで知性が行き渡っているうえに、脚本まで徹底的に理詰めで構成されており、観る/読む楽しさに満ちた文句なしの傑作。本作のことは、何も知らずに観た公開当時から脳裏に焼き付いていた。
 
■不可視のドラマ
 『ピアニスト』におけるユペールの鉄面皮のように、子どもたちも無表情を固持する。これはロッセリーニやブレッソンの映画にも同様にみられる無表情であり、観客はここで「不可視のもの」に出くわす。つまり彼らの感情や思考のことだ。さらに、フレーム内フレームを自然に用いたワンシーンワンショット、次に詳しく述べる唐突なカッティングによっても、さまざまな情報が不可視下におかれる。こうしてサスペンスは最高度に高められ、ハネケの映画は観進めるほど「何が起きてもおかしくない」状況に迷い込んでいくのである。

■ぶつ切り
 本作のストーリーテリングでとくに目をひく特徴は、やはり編集に見いだせる。シーンを「ぶつ切り」にするカッティングによって、意外なほどテンポよく、映画は村のあちこちをザッピングする。
 その際にハネケは好んで音楽も途絶させる。本作では、教師がエヴァにオルガンを弾いて聴かせる和やかなシーンが、哀れな小作人一家のブタのマヌケな鳴き声でぶつ切りにされてしまう。そのブタの鳴き声に始まるシーンでは、小作人の長男が自宅に戻るのだが、彼に責任がある絶望を、父親は静かに、もはや怒る気力すらないという風にぶつけてくる。間髪入れず、長男の反応を映すことなく、映画は次の場面へと切り替わる。こうして観客の感情は置き去りにされる。こういったことが、本作ではしばしば行われる。
 とりわけ秀逸なのは、マルティンが父親に(おそらく無実の)自慰行為を強制的に自白させられるシーンで、彼の泣き顔のクロースアップから、ちょうど愛人によって射精したドクターに唐突にジャンプするところだ。これだけで、大人の欺瞞に対するこれ以上ない告発となっている。編集の妙技である。
 
■解釈を誘う要素の散りばめ
 本作には、いろいろな読みを誘発する暗号が満ちている。たとえば牧師の長男の名前はもちろんかの宗教改革者ルターと同名であり、しかも、劇中歌われる賛美歌はまさに彼が作曲したものである。この歌詞では、私たちの無力と対比しながら神およびその子イエスの絶対的な力を称えている。こうして本作は、絶対的一者の崇拝という点で、キリスト教(プロテスタンティズム)信仰と、やがて来たるヒトラー崇拝との通底性を示唆しているわけだ。
 ここはテーマと直結する箇所だからわかりやすい。また劇中では、権力者が誰かを問いただしながら、聞きたい答えが得られないと「嘘をつくな」と非難する場面が多数登場するが、これも分かりやすく告解だ(当然フーコーくらい読んでいるだろう)。
 ほかにも、たくさんの登場人物の一人ひとりが何を代表し、その行動が何を意味しているかを解釈する楽しさがある(たとえば、牧師の一番下の優しい息子は「善良」なのか? ハネケがそのような余地を残すとは思えない。だとすれば、あの子は一体どういう存在なのだろう……といった)。

 ところで、エヴァが池に行くことを強く拒否した理由は最後まで明かされない。それが何であれ、ここで重要なのは、エヴァに何かトラウマ的な出来事が起こったこと、そして本作の唯一の良心とも思える語り部の教師さえも、その無知・無力を非難されていることだ。子どもたちと向きあう教師という役割から、仕立屋という平凡な職業へと彼が転向したことに、本作の冷たいリアリズムがみてとれる。この映画で「無垢」といえるのは、犠牲となった動物たちくらいのものだろう。
 もうひとつの謎はもちろん、ドクターの家族と助産婦の家族の行方だが、これは作中の情報だけでは検討がつかない。まぁ真相があるとしてもロクなものでないことだけは確かだ。
hk

hkの感想・評価

3.9

このレビューはネタバレを含みます

観た人がみんなてんでバラバラなこと言ってて面白い。同床異夢の完成。

語り手の隠匿や誤解のことまで考えるとどうしようもない。
語り手は所謂余所者で、村では教師をしているが、子供達には挨拶すらしてもらえない。子供達に何を聞いてもはぐらかされるだけで、何も答えない。唯一悩みを打ち明けたのは、エルナだけ。大人たちは知っている。エルナの尋問に聞き耳をたてる子供達は、エルナが白状しないか見張っていた。

みんなが犯人を知っているのに、唯一知る術をもたないものの視点で描かれているから、サスペンスとして成立している。
余所者として除け者にされているエヴァとの関係だけが良好なのだ。

犯人は誰にせよ、攻撃の対象となるのは、基本的に弱い者なのだが、唯一本人が直接攻撃された事件としてドクターの落馬が際立っている。

あまり語られてはいないものの、村ぐるみの集団的、習慣的な女性への暴行を想起せざるを得ない造りになっている。


事件一覧
1 ドクターに仕掛けられた針金
1.5 白いリボン結紮
2 小作人の母親の転落
2.5 マルティンの欄干渡り
母の死を知るルドルフ
3 キャベツ畑の狼藉(犯人は小作人の息子)
4 ジギの磔
5 家令の赤ん坊の殺害未遂(犯人は家令の息子ゲオルク)
6 荘園の火事と縊死
6.5 白いリボン解帯
近親相姦発覚
7 司教のペット串刺し(犯人はクララ)
8 カーリへのリンチ、親の罪の摘発(恐らく犯人はクララたち)
8.5 ジギの笛強奪
神父への鳥のプレゼント
戦争の始まり

気になるアイテム・事件
①自転車
②子供達の歌、音楽
③敬語→男性に対する恐れ?
④自分から会いに行こうとしていたのにドクターから隠れたルドルフ→脱走の真の目的が別にあった?
⑤世界が壊れるまでの一年→二つの戦争のことか?
⑥ベッドに縛り付ける白いバンド→白いリボンのもう一つの意味?
⑦火事のときにやたらと騒ぐマルティン→マルティンの秘密の場所か。
⑦森の中の池→かつて乱暴されていた場所?
⑧カーリがドクターの手を握る→本当の父親...!?
⑨急いで出発する助産婦→息子の救出、あるいは逃亡?
⑩仕立屋への転職→子供と関わるのが嫌になった?
Yoko

Yokoの感想・評価

4.0
第一次世界大戦の兆候がまだみられないドイツの小さな村。
村唯一のドクターが木に括りつけられた針金によって馬から転倒、鎖骨を折る事故が起きた…。


「不確実で不透明、しかし確かに発生している悲劇」に対して、大人はいかに無力であろうかということを痛感させられる。
悪人のように描かれる人もいるが、それはある人物の視点からすればそうであるだけで、この映画の中ではその描写が真実かどうかは果たして分からない(ただ明らかに身勝手ではあるだろう)。
現実でもそうだが、いっしょくたに悪であると断罪することは人間という存在の複雑故に難しいし不可能だろう。
では、そのような悲劇、もはや悪意の溜まった村に対し、無力である人間に代わって「神」がいるのならば罰してほしいものだが、橋の欄干を綱渡りする少年が物語るように、今作の「神」は許し、ある種見放している。
あるいは「神」の不在を示唆しているのかもしれないが、だとするならば今作の牧師ほど滑稽な存在はない。

そのような陰険なムード満ち足りた環境で無垢な幼子、そして恋愛に目覚め未来に希望を持つ教師の痛々しさたるや。
今作はまさにモノクロームが村に意味を持たせており、カラーだとしたら駄作になっちゃうだろうな。
男爵家の支配下にあるドイツの町で起こる、不審な事件の数々。
子供達をさえ毒す、ファシズムの疑心暗鬼を描いた名作。
これはパルム・ドール獲るわ……。

町に蔓延る不穏な空気とともに、謎の事故や事件が立て続けに起こる。
いったいなぜ? 誰がそんなことを? ――そんな謎とともにミステリ仕立てで綴られるが、出来事はあまりにも断片的で、町の人々も何かを知っているような素振りを見せるものの、何も語らない……。
主人公は町の外からやってきた教師(=観客)であり、結局最後まで本当に何があったのかよくわかってない人物として描かれているのだが、そこでようやく私は物語を読み違えていたことに気がついた。

実は「犯人は誰か」などという点はさほど問題ではなく、この映画が本当に描きたかったものは疑心暗鬼そのものなのではないか。また、その感情が町に伝播し、本来純粋なはずの子供達を毒していくさまをこそ……。
作中で、タイトルの「白いリボン」とは子供が無垢であるという戒めであると語られたことを思い返すと、あまりにも皮肉だ。

町の人々と同様に、観客を「犯人は誰なんだろう……」と疑心暗鬼にさせることは、おそらくハネケの目論見だったのだろう。傍観者を傍観者のままでいさせてくれない鋭さがある。さよならバイスタンダー。
そして立ちこめる戦争の暗雲。戦禍はこのようにして生まれるのだ、という静かな叫びのような映画だった。



やたら言葉遣いに毒があってキレキレの牧師さんがこわい。こわくて無気味なものがたくさんこの映画には満ちていて、嫌~~~な気持ちになれる。最高。
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