塔の上のカバンツェル

総進撃の塔の上のカバンツェルのレビュー・感想・評価

総進撃(1970年製作の映画)
3.5
Blu-rayを取り寄せた。

ヨーロッパの数々の映画賞を受賞したイタリアを代表する故フランチェスコ・ロージ監督作品。

第一次世界大戦下、1916年イタリア戦線で、無意味な突撃に散っていくイタリア軍兵士たちを描く。

製作費としては、かなりの予算をかけたことが随所にわかる贅沢なビジュアルが多々。

全編、上層部のエゴと、犠牲になる兵卒という、ストレートな反戦意識を作り手が訴えかけてくる。

第一次大戦の繰り返される突撃と、無尽蔵に消費させる人命という、何千回と観た構図に、イタリアの高地を巡る、ひたすらの登り降りの繰り返しは、兵士たちの当時の厭戦感を伝えて余りある。

特に軍司令部の人命軽視を物語るエピソードとして、兵士に鎧!を着せて、鉄条網の除去に送り出す場面は強烈。
勿論、機関銃の銃弾を鎧程度の鉄では防げる筈もなく、次々に薙ぎ倒させる兵士たち…

また、ラストの主人公が被る悲劇は、イゾンツォ戦線における、イタリア軍の初期攻勢の失敗を配下の将校達に責任をなすりつけたカドルナ将軍を象徴している場面だと思う。
監督やイタリア人の心の底からの怒りを感じる。


【イゾンツォ戦線】

第一次大戦開戦当時、イタリアはドイツとオーストリア=ハンガリー帝国との同盟に何とか難癖をつけて参戦せず、逆に協商国側で参戦し、オーストリア=ハンガリーに宣戦を布告した。

イタリアとオーストリア=ハンガリーは、650kmもの長い国境線を挟んで対峙していたが、いづれも高い山脈郡に隔たれ、大戦期間において、主要な戦線を構築したのは、北方のトレンティーノと、北東部のイゾンツォ川の渓谷である。

本作で伊軍が奪還を命じられるのは、このイゾンツォ戦線方面のフィオール山(伊国内)となるわけだが、険しい岩山とむき出しの岩肌の上に、土嚢を積み上げて塹壕を構築した塹壕線は、高地ならではの戦場といったところ。

この険しい岩山に砲弾が命中すると、砕けた石の破片が兵士たちの頭部を砕き、身体に食い込み、また標高の高さから普段から極寒の中での劣悪な生活環境という、西部戦線とはまた違う地獄が広がる。

【イタリア軍】

第一次大戦において、独軍が比較的に整備された塹壕を構築していた一方、仏軍や伊軍はもれなく劣悪な住環境下にあった。

伊軍の編成は、1915年時点で90万人を徴兵可能であり、歩兵師団35個、騎兵師団4個、アルピーニ山岳兵大隊52個を編成している。

伊軍の弱点は、その砲兵火力の不足と、兵士の識字率の低さなどの、歩兵の質に問題を抱えていた。
また、高地での戦闘という用兵上の特殊な環境も、伊軍の戦闘力を削いでいた。

一方で、アルピーニ兵の勇猛さは大戦を通して特質すべきである。

ただ、それら個々の兵士の奮闘に対して、総司令官カドルナから押し付けられる無理難題は、打ち消して余りあるものがあった。
本当に可哀想。


【オーストリア軍】

イタリアが宣戦布告した時点で、対する墺軍は7個師団と戦力は数的不利ではあったものの、重機関銃やその他の火器の数では伊軍を上回っていた。
防御有利な地形で、今作の伊軍も何度も攻勢をかけるものの、毎回粉砕されてしまう。

また、後半の何度目かの攻勢では、墺軍兵士が伊軍に「もう止めるんだ!」と叫ぶが、両軍に蔓延する厭戦感が伝わってくる。


【イタリア軍司令部と憲兵】

今作で墺軍以上に、伊軍兵士たちにとって凶悪なのが、無神経な将校達と、幾度となく失敗する無謀な突撃命令、そして憲兵(カラビニエリ)である。

史実のイゾンツォの戦いは、第11次まで攻勢をかけるほど、墺軍の防衛線の突破に伊軍は失敗した。
いつしか仏軍でも見られた抗命と、反乱が伊軍でも発生するようになる。

また、特徴的な帽子を被る憲兵隊が随所に登場する。
敵前逃亡を罰し、兵士たちを逮捕する憲兵は、言わばどの軍でも嫌われ者だが、一番最初の場面で、前線へ向かうために山頂を目指して行軍する兵士たちの最後尾に随伴するのは憲兵だった。

つまり、この映画は憲兵によって、退路を断たれた兵士たちが最終的に、憲兵によって処刑される、憲兵嫌悪映画でもある(なんだその結論)

自傷行為を疑われた負傷兵達が、お前ら皆有罪!と次々に選別されていく場面は、最早ブラックジョーク。


【イタリア戦線のその後】

1917年に伊軍は、11回目の第11次イゾンツォの戦いと呼ばれる攻勢を発動、墺軍によって占領された地域の一部奪還と、墺軍を次の攻勢が発動すれば耐えられないほど、打ちのめした。

その代償として、15万5000人の犠牲を払ったのである。

主人公達が払わされる犠牲としてはあまりに大きい。

結局、ルーマニアを早々に片付けたドイツ軍がイタリア戦線に到着、カポレットの戦いで、疲弊した伊軍を総崩れさせ、96km前進し、イゾンツォ川を遂に突破してしまう。

この間に伊軍は、戦死1万人、捕虜29万人を出すほどに打ちのめされることとなり、カドルナはようやく解任された。


【そして終戦】

伊軍は、カポレットの大敗後に、再建努力を惜しみなく行った。
兵士の待遇の改善や、25個師団の新編、3500門の火砲の増産など、1918年時点で伊軍は再生し、最終的にイゾンツォ戦線で勝利を収める。

しかしながら、46万人の犠牲の代償として得た果実はあまりに少なすぎると、イタリア人達は憤慨した。
疲弊したイタリア経済と、失った人的資源から、国内状況は混乱し、
その更なる領土的野心は、大戦終結からほんの数年後の議会民主制の崩壊と、ファシズムの到来を招く結果になってしまう。

【感想】

本作も、第一次大戦を描くにあたっての、イタリア人作家史観の系譜を強烈に訴えかける映画だと思う。

それは、折り重なった犠牲を払った先に待っていたのは、ファシズムの到来と、より大きな破滅ならば、何の為に彼等は死んだのか?という自問と、

カドルナを始めとする軍上層部の余りも腹立たしく、そして絶望的なほどの無神経さに、心底怒ってるんだろうなぁ…

第一次大戦を扱った過去の西部戦線以外の作品を今後も探していきたい


【参考文献】
「第一次世界大戦の歴史大図鑑」創元社