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早春のKKMXのレビュー・感想・評価

早春(1956年製作の映画)
3.9
表面的には浮気の話で、根っこは子どもを失った夫婦がやり直せるかどうかの話です。
(小津ちゃん得意の喪失乗り越え話)

しかし、本作はなぜかサラリーマンを徹底的にdisっており、そのインパクトが強烈すぎて本来のテーマを吹っ飛ばしているように感じました。小津ちゃんの執拗にして壮大なサラリーマンdis。これはなんなのか。

若くして死んだ後輩を前に、脱サラしたバーのマスターが「奴はサラリーマンの酷さを知らずに死んだ。幸せだ」的な言葉を吐いたり、バーで飲んでる定年前のサラリーマンが「ここまで生きてきても、少ない退職金を前に寂しい思いをするだけだ」みたいなことをのたまったりと、本作のリーマン諸氏は例外なく虚しさを覚えております。生きがいややりがいを感じている人は絶無。小津はサラリーマンを『無価値で無意味な存在』と明らかに敵意剥き出しでバカにしています。

なんの根拠もありませんが、小津はサラリーマンを兵隊的な存在として見ていたのでは。意志を持たず(持てず)、大いなる力にただ従うだけの存在。人間を人間たらしめる情緒や主体性、伝統的な営みは存在しないと捉えているのではないでしょうか。
サラリーマン社会のような人間性を奪い去るシステムに対して、小津は強烈なまでの怒りを抱いていると思います。

しかし、本作はシステムdisでは飽き足らず、システムの中で生きる人までdisってますからね、ちょっとやり過ぎな印象です。だから、disっぷりが面白くてゲラゲラ笑いながらも、一方でかなりムッとしていました。リーマンがみんなゾンビだなんて、一面的すぎます(ゾンビ性を強いられることは否めぬが)。なので、以下のように感じながら鑑賞しておりました。

「…リーマン諸氏は、言わばアンタの嫌いなシステムの犠牲者だよっ!しかし、犠牲者をただの犠牲者として描くのは厳しすぎる。なぜなら、この娑婆世界では誰もが高等遊民のようには生きれぬものなんですよ小津ちゃん。正直リーマン生活がクソなのは超わかる。しかし、『それでも、生きていかざるを得ない』(by大槻ケンヂ)ワケなんスよね。クソな中でも意味を見つけて粘り強く戦う人だっているし。今回のアンタ、ちょっと愛が足りないぜ…」


物語もダラダラと長い。淡島千景は葛藤しながら頑張っていましたが、男の方はカスですね。オチも笠智衆先生に正論っぽい一見良さげなセリフを語らせてシメるといった『晩春』パターン。この笠智衆エンドは強引な荒技で丁寧とはいえないです。これは物語の推進力で話を決着できなかった証左でしかありません。

とまぁ、今回は小津ちゃんをdisりまくりですが、観ていてかなり楽しめたのも事実です。話は結構面白かったし、リーマンdisも半分ムカつきながらも「わかる〜」なんて感じてたのも事実。さらにあの構図、美人女優の説得力、オフビートギャグ(お通夜のBGMがのほほんとしていて不謹慎で最高!)の小津ちゃん三種の神器が効いていると、なぜか引き込まれてしまう。小津調恐るべし、です。

また、本作で小津ちゃんが持つ『システムへの怒り』を実感できたのは収穫でした。
(なので、クサしてる割に点数高め)
小津ちゃん、上品で穏やかな作風のクセに、ボブ・マーリーとかジョー・ストラマー、レイジ・アゲンスト・ザ・マシーンみたいなスピリットを持っているように感じ、グイっと好きになりましたぜ。
ジャームッシュやカウリスマキら小津に影響を受けたインディ監督たちは、間違いなくスピリット面の影響も受けているでしょう。

麦秋では原せっちゃんが最強すぎてあまり意識できませんでしたが、淡島千景はすげー美人ですね。立ち居振る舞いの美しさにはため息。ただ、ヘビ顔であるため、迫力ありすぎで怖い。岸惠子は現代的なキュートさがありますね。尻軽に生きざるを得ない寂しい女性を見事に演じたと思います。
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