【フィレンツエ派的構図が美しい】
ニュー・ジャーマン・シネマもとい映画史の中で最も偉大でありながら最も顧みられない現代の映画作家として知られているハンス=ユルゲン・ジーバーベルグ。総じて長尺、難解、鑑賞機会が少ないため、日本でも有名な割には語られる機会が少ない。
彼の代表作のひとつである『パルジファル』は題名からもわかる通り、ワーグナー最後の作品の映画化である。全編オペラで構成されている今からすればライブビューイングに近い作品でありながらも、映画的イメージの探求に溢れた傑作だ。
舞台と映画の違いは視点の操作性にあるといえる。舞台の場合、客席から向けられる固定された視点により空間が認知される。客席ごとに見え方が異なるため、舞台演出家は視点が制御できない状態でいかに舞台を作り込むのかを考える必要がある。一方で、映画の場合はカメラと被写体の関係性により意図した構図を提示することができる。映画史においてもローレンス・オリヴィエが『ハムレット』で実践しており、急勾配な階段を反復して捉えることで生と死の境界線を意識させていたり、城の屋上を異界のような空間にすることで心象世界を創り上げているなどといった映画的な空間づくりに成功している。
『パルジファル』の場合、絵画における奥行きを意識した構図に運動を当たることで映画的な空間を生み出そうとしている。たとえば、巨大な本を前に女性たちが透き通った声で共鳴させる場面は、チマブーエやフラ・アンジェリコなどといったフィレンツエ派絵画を彷彿とさせる平面的空間の一部の奥行きが強調され、鑑賞者の眼差しを向けさせるものとなっており、下から立ち込める煙が神秘的空気を与えている。
また、岩の陰から覗き込むような映画的凝視ともいえるショットが随所に張り巡らされており、オペラを観ている中で映画の世界へと迷いこんでしまったかのように錯覚するような演出となっている。まさしくオペラもとい演劇の拡張としての映画の実践例として観ることができる。