つかれぐま

フィールド・オブ・ドリームスのつかれぐまのレビュー・感想・評価

5.0
<父と息子ー面倒な関係>

9年ぶりに観てだいぶ印象が変わった。いや深まったというべきか。父と息子を描く作品は数多いが、本作はその中でも「完璧」。

洋の東西を問わず、父と息子は僅かな蜜月を過ごした後、予定調和のように反目し、長い年月を経て互いを受容するもののようだ。反目したまま父と死別してしまった本作の主人公レイキンセラ。そんなレイと父親が、時空を超えて和解する話を何度も見返して感動してきた。だが、私の父親歴が長くなったせいだろうか、今回は少し異なる理解に至ったので、それを書いておきたい。今の自分にはそのほうがしっくりくる解釈なので。

農園という伝統的な生活を選択したレイ。だが、彼は「革命」を志した若き日が忘れられない。部屋にはアンディーウォーホール、車にはピースマーク。そうしたアイコンから離れようとしない彼の生き様は、地に足が付いていない。これから迎える「中年の危機」を前になんとも危なっかしい状態だ。

天国の父親ジョンキンセラに、そんなレイの姿はどう見えたか?心配で堪らなかったはずだ。なんとかしたいと思ってしまうのが親というものだ。だが、死んだ父の声に今更息子が耳を傾ける訳はない。そう考えたジョンが、レイに通過儀礼としての「旅」をささやく。今回はそんな話として本作を受け止めた。

最後にジョンが現れるが、それはレイと和解するためではなく、レイの「旅」の締めくくりとして、自分自身と向き合って欲しかったからではないか。だからこそレイの知る父親の姿ではなく(まだ可能性がある)若き日の姿で現れ、息子の内省を促したのかと。そして自分の「天国」は何かを噛みしめたレイ。

役目を終えて戻ろうとするジョンを、レイはキャッチボールに誘う。それは、心からの父親への感謝の念。つまりこれは、息子が「父親のため」や「自分のため」にしたことではなく、父親が彼岸から「息子のため」にした無償の愛情の話では。そう考えたら涙が止まらなかった。

女性(奥さん)や黒人(テレンス・マン)が、白人男性(レイ)にとってあまりに都合よく描かれている点など、映画として看過できない点は確かにあるが、野球が好きで、18歳の息子の父親にとってはパーフェクトゲームだ。

@TOHOみゆき座(2011)