茶一郎

この自由な世界での茶一郎のレビュー・感想・評価

この自由な世界で(2007年製作の映画)
4.1
イギリスの労働者、移民問題を背景に、シングルマザーの主人公が始めるビジネス:職業紹介所の成功、その浮き沈みを描く。

 『この自由な世界で』と、この皮肉なタイトルは、貧しかった主人公が大金を手にし、口走った「この世界は自由よ」というセリフから来ている。自由なことができるのは、金や権力を持っている強い人のみのようで、そんな奴らが「この自由な世界」とはよく言ったものだ。
 実際に、自由に働けない人たち、国と国の境が人の幸せな生活を邪魔し、何をするにも「○○許可証」という紙がないといけない。今作に見せられるのは、そんな「不自由すぎる世界」もしくは、国イギリスの様子であった。
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 女性が子供を守るために自立し、自身の努力とチカラで成り上がっていく。主人公はとてもクール、スマートで、ライダースーツが似合う強い女性。そんな女性の成功を、例えば『グッド・フェローズ』みたいに描けばいいのに、そうはいかないケン・ローチ監督。
 過去作『SWEET SIXTEEN』では、薬物中毒の母親を救うために金を稼ごうとする主人公青年が、麻薬の売買に手を染め、結果的に自分の母親のような麻薬中毒患者を増やしてしまっているという自己矛盾に満ちた成功とその凄惨な結果を描いていた。
 今作『この自由な世界で』での主人公の成功も、主人公が貧しい生活を抜け出そうとすると、それが同時に搾取構造を作り、貧しい家族を増やしていくことに繋がるという、『SWEET SIXTEEN』同様の矛盾に満ちたプロセスだった。

 全編、どこかコメディ的であると同時に、突き刺さる。これは2007年の映画だが、その後のイギリスのEU離脱や全世界的に右傾化する様子を見るに、今作が言及している内容は冗談では無くなってきてしまっている。
 元々は、移民に職を与え、彼らの生活を救っていたはずなのに……
 欲望のために一線を越えた主人公が、もう一度、戦う「理由」を思い出したかのように立ち上がる、彼女の後ろ姿を監督は優しく、そっと押している。
茶一郎

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