泥の河の作品情報・感想・評価

「泥の河」に投稿された感想・評価

戦後の大阪に生きる家族の情景と、そこに流れ着いた家船(えぶね)で生活する一家の交流を描いた作品です。

きんつば、かき氷、ラムネに黒砂糖。
いいなぁこの辺のノスタルジー。

小学生の息子を見守る田村高廣演じる父親の目や表情の静かな、でも、確かな演技がほんまにステキ。
オーバーリアクションこそ名演!とでも思っていそうな現代の役者達を並べて端から引っ叩きたくなるぐらいステキ。

河のほとりで旦那とうどん屋を営み、雰囲気からもう包容力に溢れちゃってる藤田弓子と、その夫婦の息子で、まるっこいのぶお。
対岸に船を留め、そこで生活を始める圧倒的な美貌の娼婦の加賀まりこと、痩せこけた銀子、きっちゃんの姉弟。
この辺もいい対比ですね。

僕には河やその周辺地域を怖がる愛知出身のツレがいるんですが、なんやかその理由も少しわかるようなアングラ感がこの作品でも表出しており、これらは今でも各所でその匂いを僅かに放ちながら残っているんでしょう。
普通に整備された通りとは違いますよね。
ひとつ階層を落とす感じ。

終盤でのぶお自身が住まい、感じている世界と、親友となったきっちゃんの世界の乖離に悩むものの、本当に楽しかった一夏の夢の様な体験を彼自身が肯定し、それを伝えようと駆け出すラストは展開からカットまで、すべてが印象的でした。

また一つ、グレイトムービーを見る事が出来、感謝感謝です。
結構面白かったです。
終わり方がとても切なかった
田村高廣さんのオヤジが素敵
原作もよいですが、映画もとてもよかった。
とても悲しく、暖かく、でも苦しい、そんな時代をとても丁寧に描き出した映画でした。加賀まりこさんの美しさも息をのみました。思わず、綺麗…!と声が出てしまいました。

戦後約10年、大阪の道頓堀川の下流の川岸でうどん屋を営む夫婦とその子供信雄。ある日、川の向こう側に小さな船が着く。そこには、信雄と同い年の男の子とその姉、そして母親が暮らしていた…。

どう感想を書いたらいいかわからないくらい胸にくる映画です。

この映画を観てから、丁度のぶちゃんたちと年齢も近く、大阪出身の母にちょっと話を聞いてみました。母曰く、「うちもかなりの貧乏だったけど、船で暮らすというのはやっぱりさらに貧しい家だったんだろうと思う。船は家賃がいらないから。同級生にもお父さんと二人で船で暮らしていた友達がいたけれど、お風呂にもほとんど入っていなくて、学校の給食が唯一の彼の食事だったみたい。いつもお腹がすいているから、水をがぶがぶ飲んでたのを覚えてる。ある日その子のお父さんが亡くなってしまい、遠くの孤児院に行くことに決まったの。その時、担任の先生が、クラスの保護者の人に服や下着などを持ってきてしてほしいとお願いして、みんな新品の服や下着、お菓子などを持ち寄ってね。先生はその子を自宅に連れて帰って、銭湯に連れて行って、背中を流してあげながら、涙が止まらなかったと話してた…。」と語ってくれました。

この話を聞いて、「泥の河」はフィクションだけど、実話に限りなく近いと思いました。河のこっち側の岸で暮らすのぶちゃんと、向こう側の船で暮らすきっちゃん。子供同士の交流が純粋であればあるほど、涙がこぼれそうになるほど胸が苦しくなる。のぶちゃんの両親がきっちゃんたち姉弟に優しく接したり、口さがない大人たちから守ろうとしたり、ぎんこちゃんが貧しいながらも礼儀正しくしっかりしているのを見ながら、上手く言えないけど、何か失われつつある大事なことを思い出すような気がしました。
こういう時代を経て、今の日本があること、雨露をしのげる屋根のある家に暮らし、毎日食べるものや飲むものに苦労することもない、それが普通であることがどれほどありがたいことなのか、深く考えさせられました。

ぜひ多くの人に見てもらいたい映画です。
miyutty

miyuttyの感想・評価

3.5
原作と比べ異なる点は多いかもしれないが、特に、ラストシーンが印象的であり、そこから感じることは多くあるように思った。

原作では伏線の回収がされているような終わり方であるけど、映画ではそれが異なる。だけど、映画の終わり方も、良さがある。

画面の比率が他の映画とは違うらしく、それが、信雄ときっちゃん、また富裕層という縦の構造を、画面でも橋の下と川、橋の上というように表現しているのではないかというのが印象的だった。

匂いについての描写は、原作の表現の方が五感に訴えかけるようで、個人的に好みだった。小説でも映画でも匂いは直接感じる事が出来ないから、その表現の差異も面白いなと感じた。

大学講義にて。
tyapioka

tyapiokaの感想・評価

3.0
記録整理。古い邦画は古臭いよさがあるのだろうけれど、現代っ子には退屈。脚本の勉強としてみると優れているとは思うけれど。
(18年9月24日 Amazon 5点)
戦後10年しか経過していない大阪を舞台とし、粗末なうどん屋の家族と船上生活者の貧しい子ども交流を描いた映画。公開当時、日本における各種映画賞を総なめにしたばかりか、海外でも高い評価を得えた。大学2年であった私は、大の映画ファンである友人から見ることを強く勧められたが、邦画のクオリティーは低いという偏見ゆえに公開時には、ついに見ずじまいだった。

まだまだ戦後の残滓に浸からざるを得ない様な生活者が大勢いた時代の雰囲気が、モノクロームフィルムにより強調され伝わる。そして、予算の関係による美術のチープさもモノクロが幸いしあまり気にならない。
この作品でえがかれた、戦後の復興や高度成長の緒にあっても、それに取り残された者たちが織りなす世界は、観る者に感動よりは哀切を感じさせるだろう。
それは、物語の中心である子どもたちの交流もそうであるが、うどん屋夫婦が過ぎるくらいに優しいことや船上生活者の母親のアンニィ感など、大人たちの切なさも観る者にもの悲しさを与える。

社会の底辺で近いところで暮らす、うどん屋の家族と船上生活の親子であるが、この二組の家族間にも決して越えられない格差が生じている。
貧しくても、うどん屋という表の商売で生活をする家族と、春をひさぐことで露命をつなぐ家族の差は大きい。しなし、なぜその様な立場に陥ったのかは、必然がない。偶有性、つまり本人たちの人間性ではなく時代に翻弄され、今は偶然にもこっちにいるが場合によってはあちら側になったかもしれない、そしてそれは単に運の良さ悪さに過ぎないということも静かに伝わってくる。
aj

ajの感想・評価

5.0
衝撃的な出会い
まだ純粋だった子どものころ、大人の複雑な事情に触れ、何か少しずつ、分かっていく。
触れてはいけないことは口に出さず、気を使う中で、知りたくないことを知り、知られたくないことを知られることで言葉で通じ合うことがなく、逃げてしまう。
この作品は戦後10年後を舞台にし、戦争が終わっても、貧困は残り、養ってくれる男が亡くなり、子どもを養うために娼婦になってしまう悲劇とその子どもの日常を描き、戦後復興しても、残る悲劇を描いた作品だった。
この作品の凄いところは登場人物の心情の揺れは言葉で説明するのではなく、顔の表情で表現し、大げさな表情ではなく、微妙な顔の表情がまた、切なさを出している。
内容的にも、考えさせられたが、役者の演技も脚本も演出もすべて完璧な作品だった。
この作品から数えられないほどたくさん学ぶものが、これは絶対に一度は見なければならない作品である。
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