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神々と男たちのodyssのレビュー・感想・評価

神々と男たち(2010年製作の映画)
3.5
【キリスト教の野蛮(2)】

この映画を見て、35年前の映画『ミッション』を思い出しました。カンヌ映画祭でパルム・ドールを取った作品です。この『神々と男たち』もカンヌ映画祭でパルム・ドールの候補となり、受賞は逸しましたが、審査員特別グランプリを受賞しました。

そこで私が考えたのは、なぜこの手の映画がカンヌで受けるのか、ということだったのです。カトリック国であるフランスの映画祭だからなのでしょうか。

『ミッション』は、18世紀半ばの南米を舞台に、植民地政策を軍隊の力を借りて強引に押し進めるスペイン政府に対して、カトリックの宣教師が批判的に立ち向かうというお話です。むろん、軍隊や政府は悪、カトリック宣教師は正義という視点で映画が作られています。しかし冷静に考えてみるなら、特にキリスト教国でもない日本の人間からすると、こういう視点はおかしいわけです。なぜならキリスト教宣教師はあくまで異国の「野蛮」を修正するために異教の地に行っているのであって、根本的な価値観からすれば政府と異なっているわけではないからです。そもそも、キリスト教国の宣教師が南米に行けること自体が、ヨーロッパと南米の政治的軍事的な力の差から来ている。南米の土着宗教の坊さんがヨーロッパに宣教に行くことがあり得るでしょうか?

そういう洞察が欠けたまま、『ミッション』みたいな作品に最高賞を与えてしまうカンヌ映画祭とは何なんだ、というのが、25年前に私が考えたことでした。

で、この『神々と男たち』ですが――
同じくカトリックの神父たちを主人公にしているとはいえ、時代が1990年代。場所はかつてはフランスの植民地だったアルジェリアです。そこで細々とカトリックの修道士たちが活動を続けている。といっても、フランスから独立したあとのアルジェリアはイスラム教を国教とし、キリスト教の布教は禁止されています。修道士たちの活動は、医療や福祉などに限られ、宣教活動をしないという条件付きで容認されているのです。

とはいえ、政治的な混乱が続いていて貧しいアルジェリアにあっては、修道士たちのそのような活動も地元民には大きな意味を持っています。ところがイスラム原理主義の台頭によりテロリストが現れ、付近で虐殺事件が勃発、修道士たちの命も危険にさらされます。去るべきか、残るべきか、彼らはぎりぎりの選択を迫られるのです。

実際にあった事件をもとにした映画であり、その後起こった悲惨な事態を考えるなら、キリスト教に無縁な私としても修道士たちの行動に大きな敬意を払うにやぶさかではありません。が、しかし――

ここに出てくる修道士たちは、『ミッション』に出てくる宣教師と基本的に同じなのではないでしょうか。

過去においてはともかくとして、現代にあってはキリスト教は平和主義です。イスラム原理主義とは違って、暴力をもとに何事かを成し遂げようとはしない。しかし異教徒の住む地域の中に入っていくということ自体が、ある種の暴力であると仮定したらどうでしょうか。暴力と言って悪ければ、無礼、と言ってもいい。

イエスに関する物語の中には、癒しの話が含まれています。不治の病にかかっている人間をイエスが奇跡によって治す、という話です。この映画でも修道士たちは医療活動によって地元民を、そしてテロリストをすらも治療します。むろん、彼らは奇跡を行うなどと称したりはしません。近代医療技術によって治していることははっきりしている。しかし、イエスの癒しの物語がキリスト教の精神と直結していたとするなら、修道士たちの医療活動もそうでないとどうして言えるのでしょうか。それは、間接的にであれ、修道士たちの奉じる宗教を宣伝する役割を果たしているのですから。そして、それはもともと地元にあったであろう精神とは別物なのです。

ここで私は、地元民のもともとの精神がイスラムだと言いたいわけではありません。アルジェリア独立後のイスラム教にしても暴力的に制度として確立されたわけだし、その意味では昔のキリスト教と同じことなのです。また、現実に生きている人間同士は、宗教が異なってもそれを際だたせずにお互いうまくやっていくもので、宗教的な対立が顕在化するのは政治や貧困により特定のイデオロギーが支配的になる場合だからです。

けれども、キリスト教は過去において暴力も含めてあらゆる手段を使って宣教をしようとしてきた。宣教とは、もともとそれがなかった地域におのれを広めていくことが正義だという考え方に基づいています。その根底には、他者を認めないという精神がひそんでいる。そこに暴力の臭いを私は感じる。

カンヌ映画祭がこの手の映画に賞を与えるのは、宣教活動を映画的な側面から支援していると見られても仕方がないと私は思う。そういう自覚が彼らにあるのかどうか、真の問題はそのあたりなのではないでしょうか。
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