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けものの眠りのnetfilmsのレビュー・感想・評価

けものの眠り(1960年製作の映画)
3.8
 ブルー・クリッパー号で2年ぶりに日本に帰国した植木順平(芦田伸介)は検疫を通過し、家族の待つ日本に降り立つのを楽しみにしていた。停留する大型旅客船の元に急行する自動車の対比。家族だけでなく、娘の啓子(吉行和子)の恋人で社会部の新聞記者の正太郎(長門裕之)も義父の迎えにやって来たのだ。やがて待ち構えた家族と対面する順平だったが、2年間も仕事で香港へ行っていた彼の荷物はバッグ3つだけだった。その夜、急斜面に面した豪邸で細やかながら帰国歓迎会を行っていたところ、順平がしきりに電話を気にするのを娘の啓子は変だと思い、見つめていた。少し出掛けて来ると告げ父親は去るが、停年退職金300万円をふところに謎の失踪を遂げた。妻(山岡久乃)は下着が一つもない夫の姿に違和感を拭えず、翌日から啓子は正太郎の手を借りながら、失踪した父親の姿を探すことになる。

 父親はなぜ、300万円もの退職金を抱えて失踪したのか?何もなかったように帰って来た義父の姿を見ても正太郎にはその疑問が拭えない。新聞記者としての嗅覚が、彼と娘の啓子を事件の深淵へと深く深く足を踏み入れることになるのだが、深淵のぬかるみは簡単には抜け出せない。夫として父親として、そして義父として常に誠実であり続けた初老の父親のたった一度の過ち。人間の心の奥底に眠る欲望を執念深く手繰る正太郎と、父を愛し憧れて来た良家の娘の啓子の心情。事件の裏にはどうやら日輪教本部という宗教団体があることが明らかとなる。善良な家族だった前半から切り離され、父への強い疑念が膨らむ娘に対し、父親の背中をただひたすら黙って見つめることしか出来ない母親(山岡久乃)の姿が凄まじい。娘に危険が迫る中、無理矢理切り離されんとした正太郎は業火の中の義父の絶叫を感じ取ることで、エディプスコンプレックスを克服する。それにしてもここまでやるかという順平の陰惨な末路が凄まじい。正太郎の同僚を演じた小沢昭一の飄々とした存在感がスパイスとして効いている。
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