Kuuta

メカゴジラの逆襲のKuutaのレビュー・感想・評価

メカゴジラの逆襲(1975年製作の映画)
3.3
1975年公開のシリーズ15作目。昭和ゴジラ最後の作品にして、本多猪四郎監督最後の映画でもある。初期のようなシリアスなトーンを復活させようと、伊福部昭も再起用されている。中野昭慶の爆発も非常に景気が良く、「ガバラ」「ガイガン」「メガロ」を連続鑑賞した直後の私にはかなりちゃんとした作品に見えた。

共感無くして怪獣無し。「ガバラ」の一郎くん然り、予算が無くてもこの部分は外さない、本多猪四郎作品の安定感が光る。社会を憎んで捻くれまくった真船博士(平田昭彦)、サイボーグ化されてまともな人間ではなくなってしまう娘桂(藍とも子)、全く罪はないのに操られてボロボロになるチタノザウルス。みんなに救いがない。ラストもカタルシスなんて感じようがない。

真船博士は、同じく平田昭彦が演じた初代の芹沢とは対照的に自身の発明を過信している設定だが、「最後には怪獣にすがるしかない科学者」という点では繋がっている。

初代では芹沢の「社会に居場所のない孤独」を原水爆の落とし子であるゴジラに重ねることで、重厚なドラマを描いていたが、東宝チャンピオンまつりのヒーローに落ち着いた当時のゴジラにこの役はハマらないと判断したのだろう。シリアスな話はメカゴジラⅡとチタノザウルスに集中しているため、ゴジラの出番は減少。結果的にゴジラは軽快なトーンが売りの福田純作品以上に「正義のために暴れるキャラクター」に純化している。

初代と同じキャストやクルーが揃っているはずなのに、ゴジラの立ち位置が変わり過ぎてゴジラを突き放さざるを得ない。役者の演技を見ても、子供向けの陳腐な空気は抜けておらず、初代のようなギラギラした緊迫感は取り戻せていない。ラストカット、セピア色の海にしか居場所のないゴジラに、日本映画凋落の歴史でもある、ゴジラシリーズの変遷を感じてしまう。

それでも、初登場シーンの不気味さ、ひたすら正義の暴力を振るい続ける狂った力強さ、ラストの寂しげな背中を見ると、「東宝を支えた千両役者だったんだなぁ」と切ない気持ちにもなってくる。

特撮、使い回しがない(ゼロではないが)だけでこれだけ気持ちよく楽しめるとは。どれも良かった。特にメカゴジラⅡのミサイルで地面が一気にえぐれるところは痺れた。メカゴジラⅡはなかなか手を下さない。ゴジラとチタノザウルスの戦いを見ながら、画面奥でどっしりと構える、不気味な強キャラ感が非常に良い。

海底探査の特撮から始まる。まともな映画としての格式を感じる。しっかりとした都市破壊描写や住民の避難シーンも挟んでいる。アップテンポな外しのコメディが得意だった福田純とは対照的に、正統派の怪獣映画をやろうという姿勢が見える。

福田純演出の一つの完成形とも言える前作「ゴジラ対メカゴジラ」と比べ、重くてスローな印象は否めないが、個人的にはこれくらいの方が落ち着いて楽しめて好み。繰り返される「恐↑龍↓」という発音は初代の山根博士オマージュだろう。メインに据えられたサイボーグとの恋愛要素は真に迫るものがなく、面白くなかった。

今作の興収は当時のシリーズワーストとなってしまった。子供向け要素とシリアス要素のアンバランスさが大人と子供両方から不評を買ったのか、単純にゴジラが飽きられたのか。昭和後期の中ではまともな映画だと思うが、これで売れないってことは、この時点でゴジラは観客に響くコンテンツではなくなっていたのかもしれない。65点。