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北の橋のotomisanのレビュー・感想・評価

北の橋(1981年製作の映画)
4.0
 爪弾きな女二人がホロホロと渡る世間の場末風景、その行く先は瓦礫と廃墟だらけ。そこも今じゃあ立派な公園や商業地でマリー終焉の歩道なんかは跡形もあるまい。あの時分は、イカレ気味のバチストが「影武者」に斬りかかるように対日VTR戦争で敗色濃厚な真っただ中、この映画公開からほどなくして第二次ポワチエの戦いでフランスにネガティブな注目が集まろうという頃だ。

 親ほども齢のちがう「お勤め」を終えたばかりのマリーとつるんで右往左往する根無し草女は軒の傾くフランスそのもののような容姿の衰えで思わず背中がざわつくが、あの妙に頓珍漢な意気軒高ぶりには腐ってもパリじゃん、という感じで可笑しい。
 こんな、ほぼ全編虚勢に彩られたおかしな二人なんだが、マリーの男ジュリアンが博奕の勝ちで形にせしめた謎の地図を巡ってドロドロと動き出す。すると一緒に怪しい男たち、マックスにバイク男も蠢きだすのだが、犯罪と大金の臭い芬々のこの謎がちっとも深まらないでマリーの意味不明な双六論で女二人が暴走を始めてしまう。

 この脚本が実は怪しい女二人ご当人らの担当。しかも二人は親子という。火遊びの過ぎた母親が考え足らずの末、初犯で銀行強盗失敗犯なら、半ば狂気めいた娘は犯罪予備軍状態から終盤、いきなり謂われなき殺人に至るという、齢の差20年でエスカレートした犯行の様態に、81年の映画の観衆はこの二つの世代の女たちに壊れゆくフランスを感じたのではないだろうか。
 彼女らの傍らで、壊されるのは全盛期のパリを支えた巨大公設市場と製造所の廃墟である。それ自体はラ・ヴィレットのような都市再開発の初動を示すものであるが、彼女ら怪しい連中が蠢く現場とするだけで未来を見据えるフランスの象徴性など剝げ落ちてしまうだろう。同時に知ってか知らずか購入する日本製品で戦争の絶えなかったフランスの新たな戦場が自分たちの日常の中にあった事を戦慄しつつ、やはりトムソンよりSONYに傾倒する事が止まない。そして、自国が、また自身の生活が気付かぬ間に侵食されていた事を報道により政府声明により知らされるのだ。次はポワチエが戦場だと。

 下り坂のフランスを野宿する女二人、一周先はもっと下り坂が怖くなるようなありさまのところを謎のバイク男がフォローする唐突さに常識などすでにお手上げ、なにか降って湧いてくれなきゃバチストの救いようはないと監督も思ったろう。何しろその時すでに脚本の相棒、母親はジュリアンの銃弾の餌食になっていたのだから。
 この降って湧くを予見させるように、マリーが捕まった年'79年にP.カルダンが中国は北京民族文化宮でファッションショーを開催している。それから数年を経て中国はフランスの技術で原発建設、鉄道の近代化に至り、文革克服後の改革開放初期を支え、同時にフランスも中国市場開拓の先鞭を付けて立ち直りを遂げるのだ。
 その成果がまだ見えない'81年、ラ・デファンスの広場にもぺんぺん草が生え始めるどん底を女二人が互いしか見えないかのように壊れた互いを支え合ってゆく姿はどこか滑稽でいて痛々しい。そして、相棒で母親でムショ帰りの肩書まであるマリーの死も知らずにバチストは正体不明なバイク男の空手レッスンで救われる?これがどうかしてなくて何だろう。

 それでも、当時の人はこの映画を例えとして、植民地を手放し、民生技術や製造業で後れを取り、国民を鼓舞する政治力も衰えてフランスはいま新しい何らかの活力が必要でその模索に悩んでいるだけだとバチスタの頓珍漢ぶりに感じつつあったのではないだろうか。
 その新しい何かを求める先が旧敵国やまっぴら御免な共産国でもおおあり。かつて東南アジア進出のためならクモを除き昆虫食を立派にレシピ化してしまったフランスに消化困難なものはないのだ。と、仕様もない持ち上げ方しかできないが、最低にかっこ悪い二人の始末のつけようもなさを監督も持て余したかのような閉じ方である。

 そうは言っても、である。そんな中、どうにも整理のつかないのが狂乱するバチストの殺人である。なぜそれが必要だったのか、字幕も出ない彼の発言は何語とも分らず、フランス語が通じる様子もなく、ただの行きがかりで意味もなく彼は死んでしまうのだが、ここにフランスの新しい要素の台頭を感じる。
 おそらく他国からの来住者であろう若者が壊れたフランス女に殺すと念じられたかも定かでないまま殺される。バチスタは三歩あゆまずにその記憶を消し飛ばしてしまうだろうに。
 バチスタとは、制御を失うフランスが意図せず誰かを見殺しにしてなおよろめき前進する姿なのか、新たな敵と意識された彼、新来者が将来起こるであろう対立を先取りして殺される演出なのか、なににせよもう最前までのバチストとは違う人である。もう狂人である以外、殺人罪から逃れられなくなったことにどうしようもないしこりを感じるのだ。
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