真田ピロシキ

東京暮色の真田ピロシキのレビュー・感想・評価

東京暮色(1957年製作の映画)
3.8
妻に逃げられた実直な父の元で育てられた明子。昭和30年代とは言っても大学で道を踏み外して望まない妊娠を密かに中絶した優等生の話はそう特別ではなく、産科医が言ってたようにたまにある話。それがあんな結果を迎えたのは間が悪かったとしか言えない。付き合ってたのがあんな情けない男でなければ、ちょうど娘を連れて実家に逃げ戻っている姉の孝子を見ていなければ、何より出て行った母がのうのうと東京に暮らしていて親子だと匂わさなければ明子が自分の境遇をそこまで悲観的に捉えずとも済んだ話。一つ一つはさほど大問題でなくても、ボタンのかけ間違いで起こる悲劇。「男手一つでちゃんと育てていたつもりだが」と父の周吉が述べていたように、この父娘には責められる謂れがないのが不条理。遺された周吉と孝子はこの先「あの時ああしていれば」との思いを抱いて生きていくのだろう。

父と姉に対して母の喜久子は好ましく思えない。間男と出て行ったのには夫婦間にも何がしかの理由があったのだろうが、捨てた娘達に実の親子だから好意的に見てもらえるのではと期待を寄せているのは虫が良すぎる。東京を離れ室蘭に向かう列車に乗っている時ですら孝子が見送りに来ないか窓の外を眺めている喜久子はみっともない。来るわけないだろう。親子愛が無条件に備わるはずなく、本作の場合は親子であるがために子が親の悪い点だけは受け継いだように錯覚させられてて親子の業深さを見せられる。そんな間違った母親を目の当たりにしても、やはり子供には両親が揃っていなければ。自分が嫌でもやるしかない。と嫁ぎ先に戻る孝子の哀愁。『東京物語』でも家族であるために誤魔化しを受け入れていた原節子が演じるために感じ入るものは深い。3本目の鑑賞で小津安二郎の味わいも掴めてきた気がする。ここらで家族ドラマ以外の小津作品を見たい所。