yukihiro084

たそがれ清兵衛のyukihiro084のレビュー・感想・評価

たそがれ清兵衛(2002年製作の映画)
5.0
ある冬の日、
電車に乗って座席に座っていた。
目の前にいたカップルの彼氏さんは
酔いつぶれていて彼女さんの肩を枕に
だらしなく眠ってしまっていた。
彼女さんは、寄っかかってくる
彼氏さんに対し、座席を浅く座り、
前屈みなることで、背後に(流し)
鞄から出したシュシュで長い髪を束ね、
文庫本を取り出して、涼しい顔で
読み始めた。藤沢周平の傑作短編集
(雪明かり)だった。
格好良かった。そこで(藤沢周平かよ)
(雪明かりかよ)反則並みに格好良かった。

別の日、また電車で、自分の横に座って
いた初老の男性が手にしている文庫本を
チラ見したら(三屋清左衛門残日録)を
読んでいた。
自分と主人公を重ねているのだろうか。
その男性は場所を忘れたように食い入る
ように読みふけっていた。語り合いたい
気分だった。

僕は特に(隠し剣シリーズ)が好きなの
だけど、電車の中で(女人剣さざ波)を
読んでいた時、泣いてしまった。
泣くのを我慢できなかった。
今いる場所を思いだし、周りの視線を
気にして泣き顔のまま顔を上げたら、
目の前に座っている女性と目が合った。
泣き顔を観られたがよく見たら女性も
泣いていた。そしてやっぱり、女性の
手元にも本があった。

たそがれ清兵衛。
アカデミー賞外国語映画賞ノミネート作。
藤沢文学の中で人気の高いこの作品を
それまで時代劇など撮ったことがなかった
山田洋次が映画化した。
実に見事な仕事ぶりだった。

主人公の清兵衛は、妻を病で失い、
2人の子供とボケ始めた母親を養っている。
ただでさえお金のない下級武士は
家事や育児もしなければいけない。
さかやきや身なりもみずぼらしい
清兵衛を周りはバカにするが、幼なじみの
朋江はいつも近くにいてくれた。
そんな中、命がけとなる藩命が
清兵衛に下される。

真田広之と宮沢りえの心に沁みる名演。
これからも語り草となるだろう殺陣。
懸命に生きる市井の人々の心の機微を
優しい眼差しで真摯に描ききっている。

優しく、温かく、愛らしく、切なく、
そして激しい。
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