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エドワード・ヤンの恋愛時代のnetfilmsのレビュー・感想・評価

4.1
 「この町は人口が多い」という孔子の言葉に、冉有は「この先、どうすべきか」と投げかける。すると今度は「人を豊かにしよう」という孔子の問いかけに、冉有は「豊かになったら、何をすべきか」というテーゼを唱える。あれから2000年が経過した90年代初頭の台北、新進気鋭の演出家のバーディ(王也民)は芸術家は大衆に合わせ、自分の作風を変えるとマスコミの前で豪語するが、新作舞台が有名小説の盗作だと騒がれ、広告企業を経営する友人であるモーリー(ニー・シューチン)に泣きつく。モーリーの義兄の作品を題材にした物語を成立させるために、バーディはモーリーと義兄の妻で、今は別居中の姉(チェン・リーメイ)に取り入ろうと必死だが、姉妹はなかなか親身になってくれない。彼に同情したのかモーリーは、彼女の右腕で親友でもあるチチ(チェン・シャンチー)に話を振るが、彼女はその話をフォンに任せたという。口論の最中、ディレクターの男がアシスタントが2人解雇されたと泣きついてくる。チチには、モーリーと同じく高校時代の同級生で婚約者のミン(ワン・ウェイミン)がいる。一方、モーリーにも大陸に渡ったアキン(ワン・ポーセン)という婚約者がいるが、彼女とバーディの仲を疑い、急遽帰国していた。

 高層階にあるモーリーの企業は、明らかに何かが破綻しているが、それ以上に人物の相関関係の複雑さと、矢継ぎ早に繰り広げられる会話の応酬に驚く。高校の同級生であるモーリー、チチ、ミンだけでなく、美人アシスタントのフォンと、アキンを強制帰国させたラリーとは関係性があり、全ての登場人物がそれぞれの思惑で複雑に絡み合う。一見すると『台北ストーリー』のアジン(ツァイ・チン)とアリョン(ホウ・シャオシェン)を思わせる冷めた恋人関係だが、今作が『台北ストーリー』と一線を画すのは、台湾が高度経済成長の真っ只中にあることに他ならない。人々は富み、夜な夜な遊びに繰り出すが、恋人がいるはずの男と女はそれぞれどういうわけか気持ちが満たされない。モーリーとアキンのカップルはアキンが結婚の時期を切り出すものの、会社が傾きかけている彼女はそれどころではない。一方、一緒になる腹積もりのチチに良かれと思って転職を勧める恋人のミンに対し、友情と愛情の狭間で揺れるチチは癇癪を起こす。『台北ストーリー』や『クーリンチェ少年殺人事件』で疎外感に包まれた登場人物たちはまたしても、現代社会の豊かさの中でもがき苦しむ。

 幾分誇張され、戯画化されたバーディにエドワード・ヤンの苦しさが垣間見えると思ったが、それ以上に後半登場するモーリーの義兄の作家(イエン・ホンヤー)こそ、エドワード・ヤンの生き写しに見える。世界でも有数の経済都市に成長した台北において、ブレーキを掛けた車の後部に轢かれる残念な作家の姿が、正当な評価を受けないまま急逝したエドワード・ヤンの最期と重なり、不意に涙腺が緩む。中でもプールサイドでタバコの火を分け合うモーリーとチチのシルエット、クライマックスの陰影に富んだそのシルエットにはやはり監督の非凡な才能を感じる。80年代の彼の作品以上にクローズ・アップを封印し、据え置かれたカメラの長回し、忙しない言葉の応酬で撮られた僅か2日間の物語は、エドワード・ヤンのフィルモグラフィの重大な転機となった。
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