KnightsofOdessa

ロシアン・ブラザーのKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

ロシアン・ブラザー(1997年製作の映画)
3.5
2位[90年代ロシア、犯罪と暴力の時代] 70点

カルト映画監督バラバノフの最も有名な作品。ソ連崩壊直後1990年代のロシアは急速な自由経済の流入によって犯罪が横行どころか我が物顔で街中を闊歩していた。これまで企業を所有することや自ら商売を始めることが禁じられていたロシアでは90年代に入って西側諸国の製品が流入したおかげで多くの人間が起業し、金のある人間にたかろうと人も集まり始めた。ロシアンマフィアも力をつけ始め、通りには下っ端の若者たちで溢れかえっていた。犯罪の激増によって通りには空手道場などが大量発生し、戦闘員の訓練などに用いられていたらしい。また、怪しげな詐欺や宗教も蔓延し、多くのロシア人がネズミ講に騙されたのだ。極めつけは1998年のルーブル危機であり、ロシア人にとって90年代というのは混乱の時代だったことは想像に難くない。

それは映画やテレビにとっても同じだった。まぁ私が無知なのもあるかもしれんが、1990年代のロシア映画で世界的に知られた映画はカネフスキー、バラバノフ、ルンギンくらいなんじゃないか(ソクーロフ、ミハルコフ、ムラートワ、ボドロフ、ゲルマンとかは以前から活動していた)。それ以降もロシア映画の勢いはほとんど失われてしまったように思えるのは私だけか。最近になってズビャギンツェフやセレブレニコフやゲルマン・ジュニアなどの名前を聞くようになったが、2000年代前半はそれ以前から活動していた監督の作品以外あんまり情報がないことを考えると、ロシア映画史的にも90年代から00年代前半はいい時代じゃなかったようだ。

そんな中現れたのが本作品である。上記ボドロフの息子ジュニアを主演に迎えてロシアの犯罪を正面から描いた作品で、観客動員数はのべ14万6千人に達したという。VHSまで含めると100万人単位で鑑賞されているというから驚きだ。主人公ダニーラ・バグロフは田舎出身で、兵役から帰ってきてもやることがないのでサンクトペテルブルクにいる兄ヴィクトルのもとに追い出される。成功したと言われていたヴィクトルは、実はヒットマンであり、ダニーラもマフィアの抗争に巻き込まれていく。

本作品は"正直な犯罪者"という当時のロシアを反映した人物像を描いていると言われている。ただの下劣な犯罪者ではなく、自身の美学に従って、女性や老人や弱い人間を食い物にしようとする犯罪者はボコボコにする反面、自分や兄を狙う者なら大物犯罪者でも持ち前の銃器の知識をフル活用してスパスパ殺していく。
だからこそ、彼が偶然遭遇した中産階級のパーティで、自分がいつ道を踏み外したのかと感慨に耽っているシーンは泣けてくるし、同時にこのパーティの一階下の部屋では二人の男が三人のマフィアによって監禁されているという"犯罪が隣り合わせだった"時代を的確に示した名シーンである。

また、1987年公開のソロヴィヨフ「アッサ」でキノーなど当時有名だったバンドの曲を使ったのと同じく、本作品でも多くの同時代に有名だった曲が使われているらしい。ノーチラス・ポンピリウスというバンドの曲を気に入ったダニーラはウォークマンで曲を聞きながら街を歩く。殺しの準備をしながら町中でCDを買い漁るのだ。

兄に裏切られて敵だらけの家に呼ばれたダニーラであったが、いとも簡単に解決するあたり、流石元軍人といったところか。サンクトペテルブルクを離れることにしたダニーラは兄、惚れたトラム運転手の女性、薬の売人、世話になったドイツ人に挨拶回りに行くが、誰も彼の行先や将来を気にしない。自分だけで精一杯なのだ。やがてダニーラはノーチラスの曲を聴きながらモスクワへ向けて旅立つ。

ボドロフ・ジュニアは本作品を以て若者のスーパースターとなり、監督作「シスターズ」など含めて将来を有望視されていたが、雪崩事故に巻き込まれて30歳でなくなってしまった。ちなみに、父ボドロフが監督した続編では兄弟がアメリカに渡り、ロシアほどいい国はないと悟るダニーラに対して兄ヴィクトルはアメリカに残るという話らしい。絶対つまんなそう。
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