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影武者のMASHのレビュー・感想・評価

影武者(1980年製作の映画)
4.0
黒澤監督唯一の実在の名将たちを描いた時代劇。『乱』の予算を得るために作られたとか、主演の勝新太郎が降板し仲代達也になったとか、ジョージ・ルーカスとコッポラが支援したとか、そういう裏話ばかりが語り草になり、肝心の中身についてあまり語られていない気がする。非常にもったいない。なぜなら、『影武者』は黒澤明の美学がハッキリと見て取れる作品だからだ。

彼の映画美学は数あれど、この作品で強調されているのは画作りの面での美学だ。それこそ『七人の侍』の頃から景色の映し方から登場人物の配置に至るまで、一切抜かりのなかった黒澤映画。だが、この映画での一つ一つのショットが群を抜いて素晴らしいものが多い。夕焼けをバックに大量の歩兵たちが歩を進める。そしてカメラの手前には疲れ果てた兵が座り込んでいる。まさしく絵画のような構図そして色合いによる美しさを持っているのだ。そういう自然の美しさとかとはまた違う、考え抜かれた美しさがそこにある。

ストーリーもまた観客を惹きつける映画的魅力に溢れている。武田信玄の影武者として拾われた盗人が、影武者を続けていく内に徐々にその自覚が芽生え始め、周りもまた彼自身も変わっていく。その過程を戦乱の世の中で豪快かつ繊細に描いている。戦国時代の全体像をふわっと捉えるのではなく、あくまで影武者である主人公をめぐる"映画"にしているところが、3時間という長さを感じさせない理由だろう。(それでも少し長いが)

ただ、それらの要素は彼の作品の"静"の部分。この映画はそこが素晴らしいのだが、残念ながら"動"の部分は物足りない。予算やスタント関係もあったのだろうが、合戦のシーンがほとんど画面に映らない。ほとんどがそれを見る人々の反応をカメラに映す。確かにこれにより最後の死体の山に衝撃は受けるのだが、正直なところ結果だけを見せられてもなという気持ち。異常な数の人や馬が駆け抜けるのを遠くからも近くからも撮ったり、戦場を極端な色に照らすなど、合戦自体を見せずともそれを表現はしている。だがやはり『乱』を知っていると、実際に合戦シーンを映すのには敵わないなという印象。

変化していく時代とそこに取り残されていく人々の業を描き出すという意味では、それこそ『乱』に近い。『影武者』は"動"に関しては上手くいかなかったものの、"静"の部分、つまり画作りという部分は他の黒澤作品とは少し違う美を感じ取れる。絵コンテを見るとなおそれがよく分かる。黒澤映画という傑作が並ぶには少し足りない部分もあるが、彼の作品を観ていく上では欠かせない作品ではあるのは確かだ。
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