青眼の白龍

恐怖の足跡 ビギニングの青眼の白龍のレビュー・感想・評価

恐怖の足跡 ビギニング(1955年製作の映画)
3.5
 暴力と退廃の街をさ迷う女性。父親殺しの忌まわしい記憶。やがて彼女は正気を失い、夢遊病的殺人の果てに逃走する……本作のテーマは「狂気」である。原題は認知症を意味する“Dementia”、主人公が徐々に心神喪失状態に陥っていく様子を表している。55年の作品だが全編モノクロで撮影され、一切台詞がないという悪夢のような演出が特徴的。歪んだ背景や極端な陰影効果にドイツ表現主義的への傾倒が見られる。主人公が波に襲われる場面は『アンダルシアの犬』へのオマージュか。「狂気からは逃れられない」という不気味な宣告が耳に残る。
 監督はジョン・パーカーという人物で、彼が手がけた映画は後にも先にもこれ一本のみである。映画館長の息子であり、ホラー映画オタクでもあったジョンは自主制作という形で本作を完成させたという。妙に気取った邦題だが61年公開の『恐怖の足跡』とは全くの無関係。恐らく『テキサス・チェーンソー』や『エクソシスト』のリメイクブームに便乗したのだと思うが、いくら何でもビギニングはないだろう。
 映画公開から半世紀も経過している上、台詞が一切無いので登場人物への感情移入もし辛く、確かに不気味ではあるが主人公が追い詰められていくような恐怖や焦燥を感じることはない。脚本も現代人からすれば単調である。しかし、上にも述べたドイツ表現主義を再現するような演出や構図には時折ドキリとさせられる。映像で狂気の精神構造を魅せるといった点では『イレイザーヘッド』の感触に似ていると言えなくもない。
 特に冒頭の夜空に男の顔が浮かび上がるギミックや、精神の墓場で両親の殺害現場を再現するシーンなどはエド・ウッド作品を彷彿とさせる――などと思っていたら、どうやら撮影監督のウィリアム・C・トンプソンは後に『プラン9・フロム・アウター・スペース』『牢獄の罠』の撮影を手がけているらしい。この50年代中期のハリウッド自主制作界隈は意外と狭い世界だったのかもしれない。とにかく、古典ホラー映画愛に溢れた作品だが観る人を選ぶ。まさしくカルトである。

(鑑賞メーターより転載))