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ライク・サムワン・イン・ラブのnetfilmsのレビュー・感想・評価

4.1
 冒頭、北野武組常連の柳島克己のカメラは固定でBARの喧騒を伝える。そこにデリヘル嬢である明子(高梨臨)の姿はどこにもない。どう目を凝らして見ても明子の姿は出てこないが、音声では確かに彼女の声がフレームの外から聞こえてくる。この冒頭シーンにも明らかなように、今作はフレームの中ではなく、外で重要なことが起こる。カメラは意図的にヒロインを外した後、でんでんと会話するヒロインの姿を切り返しショットで据える。キアロスタミはフレームの中と外への意識付けを持たせる。明子(高梨臨)は冒頭の携帯電話での会話からわかるように、付き合っている男と別れたがっている。何かと彼の詰問をはぐらかし、嘘のアリバイ作りをしようと試みるが彼女の不器用さからかあっという間に論破され、逆に窮地に陥ってしまう。何かと要領の悪い明子は出勤した上で、支配人であるヒロシ(でんでん)に早退を求めるからヒロシに言いくるめられ、嫌々客の家へ向かうタクシーに乗せられてしまう。明子はタクシーの中で7件ほど入っている携帯の留守番電話を聞く。中には別人のどうでもいい話もあったが、そのほとんどがお婆ちゃんからのメッセージであり、銅像の前で待ってるねというお婆ちゃんの最後の伝言の言葉が頭から離れず、ターミナルの銅像の前をタクシーで二周素通りする。

 キアロスタミは現代日本の携帯電話を媒介にしたコミュニケーションの希薄さを憂う。結局明子もお婆ちゃんも携帯電話を媒介にしてしか、互いとのコミュニケーションが取れない。面と向かって話せば物事は円滑にまとまっていくのに、携帯電話の存在がそれを阻んでしまう。先進国の持つ特有のコミュニケーション不全に対し、キアロスタミは極めて風刺的に振る舞う。それは彼の乗ったタクシーの運転手(大堀こういち)が目的地の住所がわからず、携帯電話に連絡するがつながらず、居酒屋に住所を聞く場面でも明らかだろう。先進国において人間はツールに一番重きを置く。ここでもカー・ナビがあればそれで済むのだが、それでも一番の解決策はやはり人と人のコミュニケーションであることがはっきりとしている。2年前東京にやって来た時から、デリヘル嬢として堕落した生活を送る明子、そんな明子に年中暴力を振るいながら、彼女との結婚を夢見る自動車修理工のノリアキ、2人の事情をまったく知らないまま、ヒロシ経由で明子を家に招いたタカシ、この三者三様の人間模様が、今時珍しい嘘のような葛藤を形成し、来たるべき暴力的なクライマックスへと物語を掻き立てていく。思えばそこに至る過程においても、隣人の話し声のオフスクリーンでの使用などフレームの内・フレームの外に対する意識は何度も出て来た。それがさりげない前振りだがどこか必然性のあるショットにも見え、ラストの「聖域を犯す暴力」につながる。
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