劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 前編 始まりの物語の作品情報・感想・評価

「劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 前編 始まりの物語」に投稿された感想・評価

アニメ見てからかなり久しぶりに映画版を。8話までを上手いこと映画にしてる。全部知ってても見ちゃうし、精神ダメージ来るし、虚淵さんすげぇや。
tak

takの感想・評価

4.0

このレビューはネタバレを含みます

深夜アニメで放送され、萌えな絵柄とは裏腹に強烈にダークな展開が繰り広げられる「魔法少女まどか☆マギカ」。放送当時まったく見ていなかったのだが、巷での評判を聞き、劇場版にいざチャレンジ。なっ、なんだ、これは。萌え系キャラクターたちから連想するイメージとはかけ離れたダークな物語。ストーリーの壮絶さとスケールのでかさ。テレビシリーズの劇場版というと、ファン重視の予備知識なしには観られないものばかりだが、これは違う。ひとつの映画としてきちんと成立している。衝撃を受けた。目を見張る映像表現の斬新さ。気味悪いんだけど、きゃわゆい。今どきの表現ならば、”グロかわ”とでも言うのでせうかw。

妹がいたから、いわゆる魔女っ子ものは幼い頃なーんとなくテレビで見ていた気がする。この手の作品(戦うヒロインものを含めてもいいだろう)には、ふたつの型があるように思える。ひとつは生まれながらにして魔女っ子であるもの。飛ぶことしかできないキキ(「魔女の宅急便」)という例外はあるが、サリーちゃんや魔女っ子メグちゃんは最初から”フツーでない”能力を持っていて、それをいかによい事に使えるのかを学びながら人間的に成長していくお話。そしてもうひとつは、ある日偶然の出会いから主人公は不思議な力を授かり、”フツーとは違う”女の子になるというものだ。「美少女戦士セーラームーン」や「プリキュア」シリーズ、「おじゃ魔女どれみ」もそうした流れ。どちらの型でも、フツーでないが故の悩みや苦労(人しれず敵と戦うこともそのひとつ)をしょい込むことになる。だが、それを乗り越えて主人公が人間的に成長するのがどちらの型でも物語の主軸で感動を生むところになっている。

「まどか☆マギカ」は、そんな魔女っ子ものの型を踏みながらも、タブーを次々と打ち破る。例えばヒロインに力を授ける存在を、ヒロインはともかく視聴者も疑ったことはない。ミップルとメップル(「プリキュア」)や黒猫ルナ(「セーラームーン」)を僕らは「侵略者かも?」とか疑ったことがあっただろうか。そこを疑ったらヒロインたちの活躍は根本が揺らいでしまう。「まどか☆マギカ」に登場するキュウベエは、ヒロインたちに「僕と契約して魔法少女になってよ」と勧誘する。見返りはどんな願い事も叶えてあげるということ。その引き替えに、現実世界を襲う邪悪なものと人知れず戦わねばならない。ところがその裏には秘密があった。キュウベエの本当の狙いは・・・次第に謎が解けていき、本当の目的をキュウベエがまどかに明かす場面の衝撃。キュウベエの赤い眼のアップが映し出され、淡々と語られる真実。それまで感じてこなかった冷たさが一気にスクリーンに満ちる。まるで「2001年宇宙の旅」でコンピューターHALが殺意を持った場面のようだ。

一人で戦っていくことにつらさや涙を見せるヒロインもタブー破りのひとつ。戦うヒロインは恋以外でメソメソしていられないのが従来のイメージ。そして、宇宙的広がりにまで達する壮大なスケールのクライマックス。手塚治虫の「火の鳥未来編」が頭をよぎる。ヒロインが選択する願い事は、想像を超えたスケールの自己犠牲。また、ほむらが繰り返してきた行動もまた然り。僕ら世代(のアニメ好き)は、誰かのために自分が犠牲になることの尊さを「宇宙戦艦ヤマト」で学んだ。コミュニケーションが希薄になり、自分ばかりになりがちな現代に、この描写はどう映るのだろう。

でも、この常識を超越したこの物語がどこか普遍的とも思える感動を与えてくれるのは、人物描写の細やかさがあるから。引っ込み思案な主人公まどかは、自分から行動できる積極性は持ち合わせていなかったが、その分だけ周りの人たちの喜びや痛みを感じて、一緒に喜んだり悩んだりすることができた。途中、さやかに決断できないことを責められる心に刺さるような痛い場面がある。さやかの言い分はもっともなのだが、一緒に苦しんでいた分だけ、まどかは決して傍観者であった訳ではないだろう。人には言えないけれど、自分の中でウジウジしている経験、誰もがあるのではないか。その蓄積された気持ちがラストにつながっていく。映画の最後、まどかの選択はスケールこそ大きいけれど究極の母性的な行動。それはまどかがずっと自分に何ができるのか問い続けてきたからこそできた決断だろう。僕ら世代になると、学生時代に目立たなかったクラスメートが、親や社会人として別の立場になって、あの頃では想像できないような活躍をしたり、役割をこなしている姿を見聞きして驚かされることがよくある。立場が人を変えることはあるけれど、それも人それぞれ。人はいきなり変われる訳じゃない。それには日々、年月積み重ねた思いや経験があってこそ。その子もきっとそうだったと思うのだ。

ダメっ子ヒロインが勇気をくれる感動こそが、この物語の底にある。そう、結局魔女っ子ものが持つべき”成長物語の感動”。「まどか☆マギカ」は魔女っ子ものの型を打ち崩したけれど、守るべきところできちんと型を守っているのだ。型やぶりになりたきゃ、まずは型にはまってみることだ。新房昭之監督、それをやってのけている。

このレビューはネタバレを含みます

浪人生以来2回目。前見た時に面白かった記憶はあったけど、改めて見るとなかなかいい台詞が多い。とくにまどかとお母さんの会話とか、さやかと杏子の会話。

あと演出も色使いとか背景とかを巧みに利用しながら魔法少女の心理描写がされていて引き込まれてしまう。アニメって実写と違って演出の自由が効くから(天気とか色味とかね)、効果的に利用すれば実写には出来ない心理描写も可能なのかなと気付きました。実写は、演出は自由が制限されるけど生の人間の演技だったりでそこらへんのバランス取ってんのかな。

魔法少女っていう伝統的な美少女アニメをファンタジーではなく、かなりシビアに現実的に捉えているアイデアも面白い。フィクションなんだけど、魔法少女ってものにリアリティを感じてしまう。

とにかく前編はかなり良かった。これから後編見ます。うわ感想なが
作中で佐倉杏子(cv:野中藍さん)が言ったセリフ「希望を祈ればそれと同じ分だけの絶望が撒き散らされる」が指すように、この作品も、我々がキャラクター達が幸せな結末を迎えてほしいと願えば願うほど絶望的な結末へとストーリーが進んでいきます。
こんなに希望を感じさせるジャケットでも、中身は絶望だらけです。
しかしその絶望の中で、戦うことの意義や世の中に横行する不条理について考えさせられ、同じようなバトルものの作品の中でも特に異質でメッセージ性が強いように思えました。
また、魔女や魔女の住む異世界をサイケデリックな作風で表現した劇団イヌカレーさんの手腕は非常に素晴らしかったです。
この世とは違う異世界の雰囲気を見事に体現していました。
唯一嫌いなところを挙げるとするならば、第1話でまどかが見た夢の描写などの、アニメシリーズ版では重要だった描写が所々省略されていることです。
これは初見の人にとっては少し厳しい作りになっているなと感じました。
しかしそれでもかなり楽しめる作品ですので、観ることを強くオススメします。
yajizuka

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4.0
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なの

なのの感想・評価

3.9
まみさんがまみった
TV版未視聴
最高に不愉快な主人公だった
中盤以降の展開(というか設定の小出し)は正直予想できちゃうんだけど、毎週TVで追ってたらまた違う楽しみ方だったかもしれない
後編も楽しみです
otom

otomの感想・評価

3.8
なかなか駆け足で進んだ劇場版。ほむほむが出てくるだけで泣きそうになる。イヌカレー空間や音、変身の演出もパワーアップされており満足。大画面で観られただけで嬉しい。最後は何故かさやかのラスボス感MAXの締めで後編へ。来週が楽しみ。
kura

kuraの感想・評価

3.9
観ておいて損はないアニメ
後編も合わせて素晴らしい
HK

HKの感想・評価

3.8
魔法少女まどか☆マギカ 総集編映画の前編 監督は新房明之 脚本は虚淵玄

本編はだいぶ前に視聴済み。監督作は「ぱにぽにだっしゅ」とかぐらいしか見てないが、とても面白かった。

個人的には、美樹さやかと佐倉杏子が一番好きで、この二人の絡みの部分がメインとなる映画本編後半がとても良かった。

最愛の人、他者の幸せのために自己犠牲し、その結果その人を絶望に落としてしまった魔法少女、佐倉杏子、同じく最愛の人の幸せを願い、その対価が与えられず絶望する魔法少女、美樹さやか。

この二人がともに腹を割って話す教会のシーンはとても好き。

そして極め付けのラスト、アニメだと8話に当たるか。あそこで終わってとても良かったと思う。
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