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エル・クランのDDのネタバレレビュー・内容・結末

エル・クラン(2015年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

『「負の遺産」を土壌に狂い咲いた「誘拐ビジネス」というあだ花』

■家業は、「誘拐」
アルゼンチンの俊英パブロ・トラペロ監督の手にヴェネチア映画祭銀獅子賞をもたらした『エル・クラン』は、アルゼンチン人なら誰もが知っているという「ある実話」に基づいてつくられた作品だ。優しい父、愛情深い母、素直な子どもたちという、一見、理想の家族が2年もの間、身代金で生計を立てていたという信じがたい話である。首謀者である父アルキメデスの手法は大胆だ。白昼堂々、ターゲットをぶん殴って車に放り込み、自宅に連れ帰って防音を施した部屋に監禁する。首尾良く身代金を手にした後は、死人に口なしとばかりにターゲットを始末するのだ。こうして殺めた被害者は3人、せしめた金は65万ドル以上にのぼるという。

■人が消えて当たり前の社会
プッチオ一家の驚くべきビジネスを可能にしたのは、80年代アルゼンチンの不安定な社会情勢だ。1976年から83年まで続いたビデラ、ガルチェリ両大統領率いる軍事政権下では「左翼狩り」が行われ、3万人以上の市民が行方不明となった。その多くは拷問の末、殺害されたという。いつ何時、隣人がいなくなってもおかしくない。アルキメデスはこの状況を利用し、左翼ゲリラを名乗って金持ちを拐かしていく。誰にも怪しまれることなく。

■ビジネスを破綻させた民主化の波
インフレが進み悪化する経済状況への国民の不満をそらすため、ガルチェリ大統領が引き起こしたフォークランド戦争は、プッチオ一家に暗雲をもたらす。戦争に敗北し、政権は民主制に移行。アルキメデスは立場の弱くなった軍関係者を狙うが、それが命取りとなった。大量の行方不明者を出した軍事政権の負の遺産を消し去るべく、新たに大統領となったアルフォンシンが行方不明者の捜索に全力を傾けるようになったからだ。こうして、アルキメデスの悪事は露呈する。

なぜアルキメデスが誘拐ビジネスに手を染めることになったのか、その理由ははっきりとは描かれていない。差し挟まれるガルチェリ大統領とアルフォンシン大統領のスピーチ映像が、彼を犯罪に走らせた要因と捕まるきっかけを暗示しているようで、興味深い構成になっている。

■一家の裏の、裏の顔
ラグビーの花形選手であった長男のアレハンドロを中心に、仲むつまじく見える一家の日常は、極めて平和だ。夕食前、それぞれの部屋でくつろぐ子どもたちは母の「ご飯よ」という合図で食卓に集まってくる。足を伸ばしてテレビを観るアレハンドロに「たまには母さんを手伝えよ」と言う父アルキメデス。どこにでもある団らんの光景だが、しかし、料理の皿を手にアルキメデスが向かうのは、被害者を監禁している部屋。恐怖におののく被害者の上げる悲鳴と、アレハンドロがガールフレンドと車でセックスに励む音が交錯する場面は、ごく普通の生活と犯罪が共存している異様なさまの象徴であり、印象的だ。

強い団結力で結ばれた一家だったが、社会情勢の変化に加え、アレハンドロの青年らしさが亀裂をもたらす。女である。惚れた女と結婚したい、そのために足を洗いたい。親として喜ぶべき息子の成長は、アルキメデスにとっては凶器、なんとしてもアレハンドロをビジネスにとどまらせるため下した手が親子の確執を深め、家族は壊れていく。さながら腹心を失った独裁者、このあたりの展開は軍事政権の崩壊をなぞらえているようで面白い。

映画冒頭でプッチオ一家の末路は明かされており、ある意味、結末を知りつつ筋を追うことになるのだが、それにしてもエンディングには衝撃を受けた、などと書くと身も蓋もないことはわかっているが、The Kinksの”Sunny Afternoon”のメロディーと相まって、何とも言えないやりきれなさを覚えさせられる。随所にちりばめられたいびつなユーモアも強烈。

ちなみに主犯のアルキメデスは終身刑を宣告されるも、服役中に弁護士の資格を取り、23年後には出所、若い女性と暮らし、2013年に亡くなるまで5年はシャバの空気を楽しんだというのだから驚きである。
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