えんさん

エル・クランのえんさんのレビュー・感想・評価

エル・クラン(2015年製作の映画)
3.0
1983年、アルゼンチン。近所の人々から慕われるプッチオ一家は父親を筆頭に、息子3人、娘2人の仲睦まじい生活を送っている、、ように思われていた。ところが一家の周辺で金持ちだけを狙った身代金事件が多数発生していた。住民たちが不安を募らせるなか、父アルキメデスは鍵のかかった部屋に食事を運んでいた。。アルゼンチンで実際に起きた事件を映画化した第72回ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞受賞作。製作に「オール・アバウト・マイ・マザー」のペドロ・アルモドバル。製作・監督・脚本は「セブン・デイズ・イン・ハバナ」のパブロ・トラペロが手がけています。

アルゼンチン映画ということと、予告編から感じられるあらすじを見て、昨年公開されたアルゼンチン映画「人生スイッチ!」のようなブラック・コメディ映画かと、これが意外にというか、中身はすごい真面目な作品。真面目といいつつ、これが実話だと聞くと驚くというか、「人生スイッチ!」並みに、実際に起こった出来事とは信じられない感じがしてしまう内容になっています。ジャンル的には、同じような信じられない実話をモチーフにしていることと、社会派サスペンスという要素もあるので、ベン・アフレック監督の「アルゴ」にイメージはすごく近いと思います。とはいいつつも、事件の経過のぶっ飛び感は、本作のほうが何倍も上を行っていると思います。

とかく、アルゼンチンに限らず、南米の国々にあるイメージというと、貧困と経済的にも不安定な経過をたどる国が多く、その背景もあって、政治でも汚職や早期の政権交代、軍事政権などの独裁統制を取らなければならないような歴史を巡っている国が多いという感じがしています(詳しく、南米の歴史を辿ったわけではないですが)。ちょうど、本作の舞台となる1970〜80年代のアルゼンチンは、軍事独裁政権から民主政権へ舵を切っているところで、この事件もその背景から発生しています。よく言われるのが、独裁政権には汚職が多いということ。治安基盤としては独裁制で安定するのですが、政権の意向によって、反抗する勢力を圧力で押さえ込もうとする傾向が高くなります。そうすると、政治的権力を握る人であったり、組織であったりに力が集中するため、そのパワーを利用した犯罪も多くなってくるのです。最初は政党の意向なので、ということで処理をしてしまうので、犯罪ではなく、単なる仕事と思えてしまっている。プッチオ一家が請け負った犯罪も、そんなことから始まっているように思います。

この映画で特に恐ろしいと思ってしまうのは、誘拐・監禁という悪いことをしているという感覚を、家族の誰もが持っていない、もしくは分かっていても、意識をそこに向けようとしていないこと。特に、一家の女性陣にはそれが顕著で、割と平気で生活してしまえているところが図太いというか、なんというか、、と思えてきてしまいます。そんな一家にとって誤ったのは、時代の趨勢を見極められなかったこと。政権が変わり、政治的な保護が受けられなくなったときも、まだ稼いできた誘拐・監禁業を進めようとするところは、落ち目になってきた伝統産業の行く末を見てしまうような悲しさも同居してきます。ただ、そんな中でもタダでは落ちないところが凄いの一言。ラストのエンドクレジットまで、衝撃が続くのが、”実話の映画化”作品である本作の面白いところなのです。