フェデリコ・フェリーニが亡くなる直前の91年から92年に、延べ10時間にわたって行われたインタビューが収録された本作。
「僕は自分の作品は滅多に見ない。でもたまに写真やテレビで『カサノバ』や『サテリコン』を見ると、しきりに疑問が湧くのだ。“これを撮ったのは誰だ?”と。自分が映画を作ろうと思う時、映画作家になる時、謎の男が現れる。その男が現場を仕切る。自分と共存している男だが、噂に聞くだけの未知の男だ。」
やはり面白いことを考える人。冒頭からすでに、フェリーニはフェリーニである。そして人を楽しませようというサービス精神が伝わってくる。決して微笑んで見せたりもしないけど。
反逆の精神が強かった、ていう話もよくわかる。イタリアのあのネオレアリズモの呪縛から這い出て、出ただけではなく世界的に突出したわけですから。そのエネルギーの凄まじさは、作品からひしひしと。
インタビューで自身も話しているように、基本“神の目線”なんですね。遥か向こうの彼方から万物を見ている。それであの巨大セットなのですねと、これまた納得。全てを支配したいと思い、不可能なことは無いと信じ切っている。そして本当に現実に作ってしまう。広くて大きな海までも。
もちろん一人の力で出来たわけではない。本作は、その脳みそに振り回されて、もてあそばれて、虜にされて、現を抜かした周りのスタッフや俳優陣の証言も聞けるから面白い。
それにしてもフェリーニの名言で溢れてた。
『映画は芸術の形式や表現の中でもっとも人生に似ていると思う。夢や幻想の表現は高等数学だ。宇宙船の発射と同じで、正確さが重要。人生同様に。』
『布の色から光沢、ひだの数まで自分で決める。画家は大事な筆づかいを他人に頼みはしないよ。映画は文学やドラマである前に絵画なのだ。』
『芸術家にとって危険なのは“完全な自由”。ひらめきを待つ、なんてロマンチックなお話に過ぎない。芸術家は心理的に無法者だ。子供のように法を犯したいのだ。そのためには両親や校長、司祭や警察が不可欠なんだ』
などなど、素敵な言葉の洪水で、溺れかけた。
今ちょうどこんな気分→ _ノ乙(、ン、)_❤︎
※平均値を上げたかったので★5.0