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ひかりをあててしぼるのemilyのレビュー・感想・評価

ひかりをあててしぼる(2015年製作の映画)
3.8
2006年に東京で実際に起きた新宿・渋谷エリートバラバラ殺人事件を基盤に、普通のサラリーマン公平と合コンで知り合った美女智美との幸せな結婚生活から、少しずつ歪みが広がり、DVからパワーバランスが何度も入れ替わり、仲介役に加わる公平の友人もどんどん追い込まれていく。

 狭い世界で繰り広げられるわずかな夫婦のズレが巻き起こす、力の逆転、お互いへの依存、どんなに寄り添っても、どんなに時間を過ごしてもお互いの気持ちなど理解できる訳がない事を改めて残虐な形で突き付けてくる。狭い室内、オレンジの室内灯の中で鈍い音と、女の笑顔が不気味に鳴り響く。
感情移入の対象が目まぐるしく変わり、気が付いたら何が”普通”で何が”正しい”のか分からなくなっていく。

 ただ幸せになりたいだけ。ただ愛が欲しいだけ。二人だけで居る空間をひたすらカメラは捉え、キャプター毎に渋谷の夜の街がスローで描写される。そうここで起こってる事は摩訶不思議な事件ではなく、ほんの少しの夫婦間のずれが巻き起こした悲劇であり、誰にでも起こりゆる可能性がある事をほのめかしてるように思える。徐々に徐々に加速していく夫婦関係は、傍から見たらあまりにも痛くホラーであるが、本人達にその意識はない。気が付いたらそうなっていただけなのだ。自分自身で自分が分からなくなり、夫婦ともに居る事で相手にあたり、あたる自分を責め追いつめていく。すべては悪循環である。

 夫婦とは一番近くに居る存在。長く一緒にいる存在。一番感情をぶつけやすい存在。巧が智美の妹へ語る事で、物語は綴られていく。何もできなかった巧の思いを吐き出すように。自分は何も悪くないと主張しているように・・・夫婦関係の力バランスはふとした時にいつでも逆転する。まるでそれは自分の事のように跳ね返ってくる。辛い言葉で夫にあたってしまうことが多い。そうゆう普段の”だいじょうぶだろう”が気が付いたら夫婦関係に歪みをもたらすのだろう。

 夫婦の事は夫婦にしか分からない。しかし夫婦なんてこんなもんだと思う。ただ愛されたい。日々の幸せが習慣付いてしまい、人という物は欲をだし、もっと求めるようになってしまう。ゆがんだ愛でありながらそれはそれは究極の純愛の形。痛みを感じる事で生を感じ、愛を感じる。そうして対象が絶対的な自分の物となったとき、女ははじめて幸せを感じるのだろう。しかし求めれば求めるほどその幸せの満足に持続性はない・・・
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