Maki

ドント・ルック・バックのMakiのネタバレレビュー・内容・結末

ドント・ルック・バック(2005年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

作者:藤本タツキ
公開:2021年7月19日
鑑賞:ジャンプ+
URL: https://shonenjumpplus.com/episode/3269754496401369355

初めにルール逸脱のお詫び。韓国映画『ドント・ルック・バック』ではなく日本の漫画『ルックバック』の感想と覚書として場所をお借りします。またWebに溢れる感想や批評や考察からヒントをいただいています。

ご存じでない方向けに作品紹介から。漫画『チェンソーマン』で知られる藤本タツキ氏の読み切り143ページの漫画。9月に単行本化予定ですが、Webブラウザーか公式アプリで期間限定無料閲覧できます。ご興味あればぜひぜひ何度も何度も読んでみてほしい。私はまだ10回。


■感想
公開翌日の夜、頭からっぽに読み始めた…と同時にぐんぐん吸い込まれる。これ凄い、もの凄い。少女ふたりの成長、まんが道、前触れのない暴力への反抗と焦燥、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』『インターステラー』『ラ・ラ・ランド』などの映画オマージュ。更に自身の過去作アイテムといった多様な要素を織り交ぜながらも破綻せず、ページをめくるたび強度を増す。現実に胸が苦しくなり、<IF?>に眼が熱くなり、心根を掻き毟られる。あっという間の143ページ。

SNSでの盛り上がりは落ち着いたかもしれないけれど、まだまだ広く響くんじゃないだろうか。ひとりで絵を描いたひと。調子に乗って梯子から落ちたひと。上には上がいて狼狽えたひと。続けるつもりが投げ出したひと。凹んでもへこたれなかったひと。誰かと絵を描いたひと。絵じゃなくたって趣味や仕事や遊びで心を通わせたひと。深い海を一緒に泳げる相手を見つけたひと。いつも一緒に笑って泣いたのにもう二度と逢えないひと…にどうにかして想いを届けたいひと。

藤野が事件の報道を知って思わず京本に電話をかける場面。とても辛い。具体的に書けないが私も無差別暴力で友人を喪った。誤報であってくれ、名前の似た別人だ、その場に居ないはず、認めたくなくて何度もかける電話は通じず、メッセージも既読にならない。そのうちテレビが繰り返す姓名と年齢が合致、現実がぐしゃぐしゃになる瞬間を今も想い出す。二十年経っても助けだしてあげる夢を見る、二十年経っても犯人を追い詰める夢を見る、目が覚めて気づくもどかしさにはいつまでも慣れない。この作品の真摯で精密な描写に動揺するばかり。

タイトル『ルックバック』の意味。
2ページ目の「Don't」、143ページ目の「In Anger」に挟まれる作品名「Look Back」を合わせるとOASISの名曲タイトル「Don't Look Back In Anger」と重なる。「過ぎたことに怒らないで」「怒りと共に過去を振り返らないで」。2017年、マンチェスター(OASIS出身の地)アリーナで起きた自爆テロ事件の追悼集会でひとりの女性が歌い始め、すぐに合唱となった。その後の追悼の場では常にアンセムとして歌われる。世界中で止むことのないテロ、略奪、通り魔、銃乱射、放火などの無差別殺人の悲劇に際して、救えなかった者の怒り、生き残った者の自責の念、それらが籠められていることがタイトルの仕掛けからわかる。

https://rockinon.com/news/detail/161228
https://www.youtube.com/watch?v=ZT8sJuLjx7Y

「ルックバック」本来の意味は「振り返って見る、回顧・追憶、後退、うまくいかない」だが、本作では意図的に「ルック」「バック」を分解して散りばめている。藤野と京本が漫画に向かう後ろ姿。背中に書いたサイン。ふたりで街へ出る背中。京本がこだわる背景、憧れた世界美術の背景、美大に進んでもっと上手くなりたかった背景。道が分かれるふたりの背中。藤野ひとりで連載する「シャークキック」の背表紙。「おー 京本も私の背中みて成長するんだなー」。<IF?>で京本の背後から滑り込む四コマ漫画。<IF?>と現実でドア越し背中合わせのふたり。そして「背中を見て」「背中を見て」「背中を見て」…誰の背中を見るの?。

藤野と袂を分かった京本の部屋に「シャークキック」同じ巻が複数並び、送ろうとしたアンケートハガキも残ったまま。京本はほんとうに藤野センセイに救われ、ずっと応援し続け、絵が上手くなりたくて努力していたのに。もしかしたらいつか成長した画力で再び「藤野キョウ」コンビ再結成の未来もあったかもしれないのに。

京本名義の四コマ「背中を見て」は彼女が大好きな藤野の作風を模倣したものか、それとも現実の藤野が描いたものか、<IF?>の妄想の産物か明示されない。ラストシーンではコマ割りも消えて白紙に見える。私は藤野と京本の合作4コマだったのでは、と願っている。藤野はかけがえのない京本との日々(回顧・追憶)を背負って「シャークキック」の連載を再開、そこで物語は綴じられる。

作者:藤本タツキは、漫画の底力を、漫画ならではの表現とメッセージを、なによりも創作の素晴らしさを信じているのだろう。不愉快で理不尽な暴力に対抗し凌駕するまで創作を続ける覚悟を示したのかと感じる。でもやるんだよ、まだ描くんだよ、届けるんだよ、と。

■補足
世には賛美ばかりではない。「記憶に新しい京アニ放火事件をなんの断りもなくモチーフにするのは不誠実」「通り魔の男が特定精神疾患を抱えているのは差別意識の露れ」「引きこもりの少女が成長した矢先に殺されるのはお涙頂戴の装置」「センシティブな事象をギャグのようなキックや4コマで塗り替える悪ふざけ」「泣けるから哀しいからと安易に感動するのは思考停止」という辛辣な意見もあった。そう見える方を否定はしない。私はなにも答えを持たないが、覚えておくつもりだ。

■参考
宇垣美里 藤本タツキ『ルックバック』を語る
https://miyearnzzlabo.com/archives/75445

『ルックバック』読んだらすぐ寝るかすぐなんかやるべきと思った話
https://tomoko.fanbox.cc/posts/2500517

『ルックバック』有名漫画家先生たちのTwitter反応集
https://www.youtube.com/watch?v=zcHX1D6SA5o

プロアシ的に見た、藤本タツキ先生のルックバックのもひとつマニアックな見方
https://www.youtube.com/watch?v=54pXPw1ppyw
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