滝和也

救命艇の滝和也のレビュー・感想・評価

救命艇(1944年製作の映画)
3.7
ヒッチコックの乾いた
感性が大海原に漂流する
救命艇と言う異常な空間に
表現される
ワンシチュエーション
スリラー…。

「救命艇」

第二次世界大戦中と言う状況下で作成されたスタインベック原作のヒッチコック作品。

Uボートの水雷攻撃により、撃沈された貨物船。救命艇にのり、生き延びた八人の漂流シーンのみで構成された「開かれた密室劇」と呼ばれるワンシチュエーション・スリラーです。

後のロープ等に見られる密室劇の奔りであり、ボートの全体像すら映さない人物の会話、状況のみで語られる実験的な作品です。音楽すらありません。

その作劇方法でも90分強のスタインベックの心理描写を軸にした原作を飽きずに見させるヒッチコックの映像テクニック、演出力に驚きを感じざる得ません。

ヒッチコックはアンモラルな存在と言われます。そのサスペンス、スリラーとしての出来を重視する余り、当時ではまず踏み越えてはならない一線を軽々と超えてしまいます。その点、ある意味、ヒッチコックらしいドライな感性がよく出ていた作品だと感じます。

冒頭、救命艇には1人。主人公である、コニーしか乗っておらず、次々と海から人を引き上げていくのですが、その中に赤ん坊と母親がいます。ですが、私は、八人の中に赤ん坊はカウントしていません…。そういう事なんです(T_T)

貨物船を攻撃したUボートも撃沈され、ここで1人のドイツ人が助けられポイントとなります。彼の存在、行動に対しての全員の心理変化が主筋として巧みに描かれており、正にドライなヒッチコックの感性が出ています。その結末は当時通商破壊を行っていたナチスへの苛立ちや怒りの現れとも取れますが、ハリウッド的ではありませんし、彼らの行動への判断をある意味観客に投げてしまっているドライさが更に恐ろしいのです。。

またジャーナリストコニーと看護師さんの二人の女性が救命艇にいるので、メロドラマ風味のシーンがありますが、それも吊橋効果の皮肉と自らの立場を守るための色仕掛けの様なものにも私には見えて、ヒッチコックの女性への冷徹な視線を感じざる得ませんでした…。

漂流した船上と言う、飢えと乾きの死への恐怖、不安が相俟った中では異常な心理が働くことを的確に冷静に描けてしまうのは、原作のスタインベックとヒッチコックの感性が合っていると言う事なのかも知れません。時代性故にサメが出てくるとか、女性に襲いかかるバカが出てくるような荒い演出はありませんが、心理的にジワジワ来ます…。スペクタクルシーンは中盤の嵐とラスト位なんです。明らかにセット撮影なんですが、嵐のシーンの水量が凄くて迫力があります。海外特派員で使った水の応用だと思います。

ヒッチコックのサスペンスとしては異色作品。好みとしてはスタンダードな動きのあるモノが好きですが、こちらも戦争と言う異常な状況を背景に描かれた作品として記憶に留まりそうです。