磔刑

さらば愛しき女よの磔刑のレビュー・感想・評価

さらば愛しき女よ(1975年製作の映画)
4.7
オススメ度☆☆☆☆
フィルムノワールを語るには、多分この一作を抑えていれば十分と言える完成度。
ミッチャム演じるマーロウのハードボイルドな男の色気。また、それとは相反するファムファタールの危険な魅力の相乗効果が完成度の高いノワールの世界観を構築している。
探偵モノとしての質が高く、名画と名高い『チャイナタウン』の始祖と言っても過言ではない素晴らしいクオリティの一作である。
ミッチャムのことは全然好きではなかったが、今作だけで虜にさせられるぐらいには大変魅力的な主人公でした。
<以下ネタバレあり>






フィルムノワールってジャンルは知ってるんだけど、コレっていうのが個人的になかったんだけど、今作を見て「おぉ!!これが本物のフィルムノワールか!!」となった。

他のレビューでも書いてるけど、自分は探偵モノは大嫌いだ。
正確に言うと探偵が嫌いだ。

端的に理由を述べると、連続殺人を止める気がなく、犯人があらかた始末をつけてからベラベラと自慢げにトリックを説明する人間味の無さが大嫌いなのだ。

しかし、今作のマーロウは実直愚直に事件に向き合い、真面目に解決しようとする姿勢が好感が持てる。加えて、有象無象の酔狂な探偵とは違い、きっちり報酬を貰い、仕事として捜査に取り組む職人気質なところもキャラクターに好感が持てる点だ。

つまり、明智や金田一は嬉々として謎々を解く子供的で、逆にマーロウは仕事として捜査する大人の印象。それがフィルムノワールの特徴の一つだと言えるだろう。

マーロウのキャラ属性の独自性も独特だ。
見た目はいぶし銀で大人の色気がある屈強な男だが、どこか飄々としてて掴み所がない。しかし腕っ節があり、射撃の腕も一流で、贅沢なほど属性モリモリなのだが、本人の気取らない(いや、気取ってはいるのだが)出で立ちが、嫌味に感じない。

また、探偵として鼻につかないのは、彼自身が謎の渦中に巻き込まれるからだ。
明智や金田一は安全な位置から事件を傍観する第三者だが、マーロウは大きな事件そのものに飲み込まれており、だからこそ彼が事件を解決する動機に強い説得力が生まれてくる。

ただ、巻き込まれたから仕方なく事件に臨むのではなく、受けた仕事はキッチリこなす。自分に危害を加える敵には落とし前を付けさせるといった、主体性があるのも良い点だ。

大好きな『チャイナタウン』を想起させられるが、全然ストーリーが思い出せない。
これは今作にも通じるノワール作品の構造的欠陥に起因している。
絵に動きが無く地味に加え、謎解きや言葉だけで事件のあらましを説明し、登場人物がやたらと多く、小さな問題や複数のキャラがいくつも絡み合い、脳内で整理するのが忙しくて映像が頭に入って来ないのだ。
まぁ、自分のI.Qの低さゆえかもしれないが、やっぱり『AとBがCを殺して、それを操ってたのはDなんだ」みたいな説明セリフは誰が誰かマジでわからないから苦手だ。

じゃあ、何が良かったかって言ったら、そりゃ全体の雰囲気作りよ。

もう、オープニングのトランペットだけで、「おお、これは当たり映画だな」と確信させられる独自性の高い世界観を物語っており、それが終始一貫して継続するのは本当に素晴らしい。

そして、そのオープニングと対になるようなエンディングは、逆にマーロウの人間味が出て、その渋いカタルシスが本当にたまらないし、今の時代には絶対に作れない優れた演出力があると感じた。

あと、ファムファタールの存在もノワール映画に欠かせないものだと、改めて感じさせられた。
ファムファタール登場時の作品を支配している雰囲気は、気のせいではなく、本当に全てを牛耳ってるのにも作品の独自性とカタルシスを感じる。
のだが、見るからに重要キャラ感が「あ…こいつが探してた女だな」と悟らせてしまってるのはある。
まぁ、その明け透けさが作品に罅を入れてるとは思わないけど。

ファムファタールが正体を明かす場面はしっかり画面や世界そのものを支配しており、彼女にとっての窮地なのだが、その類稀なる美貌で攻勢に転じるのが、見ていてワクワクさせられた。
そして、真犯人とはいえ、問答無用で殺すマーロウの冷酷さよ。
この行動原理には、彼の語られていないバックボーンが感じられて、更にキャラクターに興味が湧いた。
犯人の動機は『砂の器』や『飢餓海峡』のようなトラディショナルなモノで意外性はないが、魔性生が合わさることで、しっかり独自性はあったと思う。

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ちょっと蛇足になるけど、最近のノワール作品の有名どころだと『ザ・バットマン』になるんだけど、改めて比べてみるとノワール作品としてもダメダメ感は否めないなぁ。
マーロウのように仕事人ではなく復讐者という点がノワール探偵のクレバーなところとミスマッチ。
何より、前時代だからこそ、私立探偵の必要性があるのだけど、現代で彼らの存在意義の重要性に説得力を持たせるのは無理がある。ガジェットを使って、科学的な捜査をするのは探偵的と言えるのだろうか?

事件や犯人像もね。
今作や『チャイナタウン』に類似する社会悪ってのはあるけど、やっぱり現代でも人目を惹きつけるサコパスの存在はノワール探偵とは相性が悪いと思う。
実際、ノワール探偵の存在よりも後にサイコ的な事件が取り上げられて、そういうのは『羊たちの沈黙』のようなプロファイリングが捜査の切り口であって、それはノワール探偵の範疇に無いと思う。

また、『ザ・バットマン』ではファムファタールが割りを食ってるのが、ノワール感を中途半端にしている要因だ。
隠し球的なマクガフィンとしての役割を与えてはいたが、それはファムファタールでなくても成立するし、何より今作のような世界そのものを支配するような魅力が無い。それではそもそも、ファムファタールとは言えないと思った。

何よりマーロウのトレンチコート姿はノワール作品を象徴する出で立ちだが、コウモリのコスプレをした男が「探偵です」ってのはやっぱりどう考えてもおかしいと思う。
それはひとえにコスプレは復讐と歪んだ正義の象徴で、それとクレバーな仕事人気質な探偵像とはミスマッチなんだと思った。

結局何が言いたいかと言うと、今の時代には絶対に作れない雰囲気のある作品だと言いたい。

そして、今の時代の作品では感じ取れない素晴らしい大人の色気、金をドバドバつぎ込んだ下品な映像表現では得難い気品に溢れる素晴らしい作品ということなのです。
磔刑

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