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仁義の墓場のbackpackerのレビュー・感想・評価

仁義の墓場(1975年製作の映画)
4.0
「大笑い 三十年の 馬鹿騒ぎ」

『仁義なき戦い』シリーズ五部作を撮り終えた深作放二監督が次に発表した、東映実録ヤクザ映画の異色作。
実録ヤクザ映画といえば、組同士の抗争を軸に、ヤクザ達の血生臭い裏切り合いを描く群像劇構造が特徴。
しかし本作は、親子盃を交わした組長を切った上に、世話になった兄弟分を疑心暗鬼の末に殺すという、極道の掟を悉く無視し孤絶した反逆児・石川力夫の生涯を描くという、全く異なる方向性の作品なのです。

素直な感想ですが、主人公・石川力夫を演じる渡哲也の、鬼気迫る凄みに圧倒されてしまいました。
幽鬼の若き形相で、ニタニタ笑って迷惑を振り撒く。エネルギッシュで無軌道極まる人生模様に、巻き添え食うやつの不幸が溢れる。こんなクズ野郎に付き合ってられるか!と、本気で思わせられます。それだけ、入り込んだ名演です。
実際、闘病からの復帰作であったにも関わらず、身を削るようなハードな撮影で、げっそりとやつれてしまった様子。
それが期せずして、ヘロイン漬けになった石川とシンクロするように、獰猛で手のつけられぬ狂犬のような怪演へと繋がったのでしょう。

クズ男石川がもたらした災厄に巻き込まれた者の代表は、間違いなく地恵子さんでしょう。
朝鮮系ヤクザとの縄張り争いに出たものの、せこせこ隠れてやり過ごし、逃げ込んだ民家にいた地恵子。
後日わざわざ会いに行ってレイプした石川に、なんやかんやと絆されてその後もしとねを共にし、血を吐きながら寝たきりになると、最後には剃刀で手首を切って自死……。
置屋で不遇な立ち位置にあることが見て取れた地恵子が、石川のために金を工面すべく病弱な身で風俗に身をやつし、挙句には亡者の如き石川を蘇らせるべく自ら死んでいく。虚しい。


印象的なのは、画面に映る赤色と石川の行動をリンクさせる演出。
この映画で最も重要な色は、赤です。赤は随所に用いられ、我々の頭に残るよう印象操作されています。
地恵子の赤いカーディガン・半纏・着物、石川のスーツの裏地、赤い火鉢、赤提灯、達磨、宴会、鳥居、風船、火焔、鮮血、ガラスを染める血の手形。
いずれも、石川の暴力性の起爆剤となったり、暴力的行動に付随する悲しい結末等で、その赤色を鮮やかに花咲かせます。
関東所払い 10年を言い渡され大阪へ落ち延びた石川の世界が、退廃と虚無のセピア調になることもあって、赤の持つ生命力がより印象深くなります。

本作最大の見どころは、やはり地恵子の自殺後のシークエンスでしょう。本作最後の山場が、超静かで淡々としたものというところも、より印象深くなる一因です。
火葬場で、手を振るわせ、サングラスで隠れた目から涙を流しながら、妻・地恵子のお骨を骨壷に納める石川。
不義理祭りで顔見せできそうにないのに、河田組長に金の無心にいき、その場で骨壷のお骨を「ポリっ、ポリっ」と食べる。
石材屋のオヤジに墓石を作らせながら、小声で笑う。墓参り中ヘロインを打っていたところを、襲撃される。
なんて凄みのあるシーンなんでしょう。
死相剥き出しで演じる渡哲也の狂気に、完全に呑まれてしまいます。


居場所の無い男の孤独な闘争が、周りを巻き込むウネリとなって、遂には身の破滅で幕切れる。
これもまた漢の生き様か。いやはや、とんでもない映画でした。
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