アニマル泉

秘密指令(恐怖時代)/秘密指令 The Black Bookのアニマル泉のレビュー・感想・評価

5.0
アンソニー・マンと名カメラマンのジョン・アルトンが職人技で光と影の極致を作りあげた傑作。フランス革命でロベスピエールが失脚するテルミドール反動を描く歴史劇である。
【最短の説話】
トップタイトルは革命の炎だ。本作は「火」と「階段」と「高さ」の主題が満ち溢れている。タイトルバックの後、主だった歴史上の登場人物が紹介される。ただし主人公のシャルル(ロバート・カミングス)は紹介されない。稜線を馬が疾走する。本作は馬や馬車がよく走る映画だ。馬をフォローしていきなり真俯瞰になる。地面に落ちる影が大胆だ。シャルルが亡命中のラファイエット将軍から指輪をもらいストラスブールへ行けと言われる。ストラスブールの小屋に着き、シャルルがドアを開けるといきなり刃が突きつけられる、咄嗟に指輪を見せて味方と信用される、このワンカットが見事だ。パリのロベスピエール(リチャード・ベイスハート)の執務室には主要人物が集まる。フーシェ(アーノルド・モス)とロベスピエールが話している所へ敵対するバラス(リチャード・ハート)がロベスピエールの腹心サン=ジュスト(ジェス・バーカー)に連れて来られる。この場面はポン引きを見事に駆使してグループ芝居を捌いている。入ってきたバラスごしジュストの2ショットからポン引きの4ショットが鮮やかだ。余計なカットを使うことなく最短コースで画面の説話を進めている。Simple is beauty である。さらに外から撮る窓際のロベスピエールごしフーシェの2ショットもいい。鳩が乱舞する印象的なショットになっている。パリの夜の宿に悪名高い検察官デュバル(チャールズ・マックグロー?)が到着する。階段を上がってくる。上から撮って影を大胆に強調している。室内で鏡の前に立つデュバル、手前から手がインする、デュバルが振り向きざまに絞殺する、画面からデュバルがアウトする、無人の鏡前に再び手がインして指で蝋燭の火を消す、以上がワンカット、素晴らしい!マデロン(アーレン・ダール)の登場、最初はバックショット、次のガラス越しに中を覗くアップが美しい。しかもベールを覆っているのがいい。玄関のドアを開ける、マデロンと背後の壁に映る宿主の影のワンカットで描く、ここも余計な切返しはなし、階段の上からの引きになってマデロンが上がってくる。そして暗闇の室内に入る。この室内の影の照明が凄い。壁と天井にストライプの影が放射線状に走る。ノワール調の光と影の美の極致である。敵か味方か?確かめあってやっとお互いの顔を見ようとロウソクに火を点ける。鏡にマデロンが浮かび上がる、マデロンのアップでベールを上げる、シャルルのアップ、この出会いも見事!官能的だ。冒頭からここまでのあまりの緻密さ、匠の極致にクラクラと酔いしれる。
入れ替わりでフーシェが偽デュバルと気付かずに迎えに来る。ロベスピエールの隠れ家へ馬車で向かう途中、いきなり窓から松明が放りこまれる、同時に逆の窓から銃撃される、突然の銃撃が始まり馬車が疾走して襲撃者達を振り落としていく。ここもマンらしい「いきなり」のアクションで申し分ない。パン屋の階段を地下へ降りると拷問室とロベスピエールの隠れ部屋がある。アルトンは本作では大胆なローアングルで天井を画面の1/3ほど入れたりする。そして天井に大胆な影が動く。人が出入りしたり、拷問の影が映る。いつもの壁に落ちるストライプの影に加えて、ローアングルの天井の大胆な影が本作の新味である。
【階段 高さ】
「階段」は頻出する。全てのセットに階段がある。居酒屋のバラスのアジトは階段の上にある。最初は暗闇でわからない、マデロンが階上のドアを開けると階段が浮かび上がる、素晴らしいセットだ。ちなみにこの場面はシャルルが次々現れるバラス派とロベスピエール派の間で正体がバレないようにクルクル立場を変えていくのが面白い。留置所も階段の下にある不思議なセットだ。ロベスピエールが階段を降りてくると囚人たちが一斉に命乞いする、しかしロベスピエールの号令で格子越しに無差別に射殺される。階段の極め付けはギロチンの階段だ。罪人は階段を上り、ギロチン台で首をはねられる。本作のラストではロベスピエールが階段を昇ることになる。本作の「高さ」の主題はギロチンそのものである。刃が落下するローアングルのショット。マンの最も恐ろしい「高さ」のショットだ。
【火】
本作はタイトルバックから「火」で燃えている。松明、蝋燭の火が投げ込まれたり、点いたり消えたりする。クライマックスでシャルルがマデロンが監禁されている場所に気付くのも松明を投げたからだ。本作のラストカットは花火だ。
【暗さ 影】
重要な場面は暗くなる。身の危険が迫るからだ。だから身分を保証する指輪やキーワードや証人が必要になる。シャルルの脱出も満月が雲に隠れるのを待って実行される。本作は難しい闇の場面が多いがアルトンが見事な手腕で表現している。闇とは逆の明るい場面は「影」が重要だ。シャルルがブラック・ブックを発見する場面、シャルルの見た目のブックの紙面にナイフの影が走り、気づいたシャルルとフーシェの格闘、首を絞める。さらにロベスピエールが口元を銃撃されるショット、背後の壁には革命の旗の影が翻る。どちらも物語の重要な場面で影が活きている。
【馬 犬 猫】
本作は馬がよく走る。後半の農場での追跡劇は西部劇のようだ。川を走らせるあたりマンは心得ている。犬と猫が活躍する。ドーベルマンはまさにブラックブックの発見に貢献して、猫はジュストに尋問される子供に正義を教える。
【鏡】
マンの重要な「鏡」の主題は本作でも現れる。前述したシャルルとマデロンの再会場面の「鏡」は官能的だ。ミラーショットは切返しを廃してワンカットで描ける効率的な技だ。ロベスピエールが髪を整えながらジュトスと話している所へシャルルが入ってくる場面は「鏡」を使ってワンカットで描いている。この場面のロベスピエールの円錐形のマスクは何だろう?
【狭く撮る】
アルトンの屋外のセットの撮り方が実に奥深い。本作は街中をやたら馬車や馬が走って躍動感があるのだが実は広いロングショットは全くない。なるべく狭く、俯瞰にしたり、アングルを限定した職人技を駆使して街の映像を作り上げているのである。よく見るとアーチがある同じ一角をアングルを変えて別の場面に何回も使い回している。職人技の極致である。本作はイングリッド・バーグマン主演、ヴィクター・フレミング監督の「ジャンヌ・ダーク」のセットをそのまま借りて撮ったらしい。それでこの素晴らしさだ!夜のパリ、俯瞰の濡れた路面を走る馬車は官能的である。低予算で最大限の効果を創造したアルトンの神業には畏れ入る。

ラストに「ラ・マルセイエーズ」が流れ、バックショットで英雄が現れる。
製作はウォルター・ウェンジャー。イーグルライオンとコロンビア配給。
原題は「The Black Book」リバイバル時に「Reign of Terror 恐怖時代」で公開された。
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