垂直落下式サミング

ケイヴ・フィアー CAVE FEARの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

ケイヴ・フィアー CAVE FEAR(2006年製作の映画)
4.2
病院での療養が終わり、ヘルパーとともに山奥の我が家に帰宅した車イスの男が、向かいのロッジにやって来た女子グループを観察していると、そのうちの一人が謎の怪物もとい雪男に連れ去られる様子を目撃してしまう。そこで事件を通報しようとするも周囲から聞き入れられず、孤立した状態でモンスター襲撃による恐怖の一夜を過ごすこととなるスラッシャーホラー。
要するに、『裏窓』の七番煎じくらいのB級ムービーなわけだが、志が低いようでなかなか見れる内容となっていて、車イス患者の弱者の告発が取り合ってもらえない焦燥はみていてスリリングだし、ヴィジュアル面で安っぽく見えない程度に生物感のあるガンギマリのチューバッカが序盤からガンガン暴れまわるので、出張先の夜何もないときに楽しめる程度には過不足ない仕上がりとなっている。
序盤は、車イスの男の目線でのみ物語を語る叙情的な内容となっており、田舎山林スラッシャーにしては地味めな絵面が続く。しかし、それを上手く演出のなかに落とし込んでいて、屋内をとらえるカメラの位置を車イスの高さにあわせて比較的低めに設定し、狭い画角のショットを多用することで、男が窓の高さまで身を乗り出して外の様子を覗き込んだり、高圧的なヘルパーの顔を下から見上げたりと、身体障害を負ったことで否応なく生活の自由が制限されてしまった男の苦悩が伝わってくる。あえて空間を限定することで、ヒッチコックフォロワーらしい観客をむず痒くさせ不安を煽るような演出が効果的に作用していたように思う。
おはなしのなかで、クライミング中の滑落事故で妻を失い、そこで自身も大怪我をして車イス生活となった男性が、成り行きで知り合った見ず知らずの女の子の命を救うことで、自分の魂を癒して立ち直ってゆく様子が描かれるわけだが、ここでも、他者への献身によってこそ自己の救済も成されるのだと、ホームセンターワンコインワゴンムービーにしては王道で高潔な精神を謳いあげている。
演出面でも、ペーソスが行き届いている。中盤、早すぎず遅すぎない的確なタイミングで、極限状態の主人公による今まで誰にも言えなかった心情吐露の長セリフによる演技の見せ場が来たと思ったら、そこで彼の口から語られるトラウマの克服描写が後にしっかりと映像のなかで示されていく生真面目さが気に入った。
本当に語り口が律儀で、「女性を助ける」「高いところから降りる」「這ってでも前に進む」と、主人公の心的外傷になぞらえた試練を順繰りにクリアしてゆく終盤の展開が見事。
過去の忘れ難い悲惨な事件によって心が死んでしまった男が、その死の原因となった状況と同じものを追体験することで、もう一度生きる力を獲得していくのだとするクライマックスの精神的な盛り上がりは、物語として普遍の強度を有しているようにさえ感じられる。実は低予算のB級だと舐めてかからないほうがいい“ちゃんとした”映画である。
でも、雪男から逃げる時、序盤から一緒にいたヘルパーのオヤジが完全に置き去りに見捨てられてしまうため、しっかりお話を追って見てるとモヤモヤしてしまう。あんまり後味はよろしくないのが惜しい。
車イスのプレストンと生き残った女の子アマンダのあいだに奇妙な連帯意識が芽生えたことにして誤魔化しているが、彼らが試みる脱出計画が完全に二人用なのは笑えない。
アイツは常に横柄な態度だし、担当する患者の食物アレルギーも把握していないような奴なので、個人的にはああいった形での早期退職もアリだったろうとは思うが…。
酸素吸引しながらタバコを吸うハンターのジジイにいたっては、キャラが立っているわりには後であっさり死ぬためだけに出てくるので、そういうもんだと割りきればスラッシャー偏差値も上がってきそうだ。