晴れない空の降らない雨

ケルジェネツの戦いの晴れない空の降らない雨のレビュー・感想・評価

ケルジェネツの戦い(1971年製作の映画)
5.0
 『ユーリー・ノルシュテイン作品集』に所収された第2作。オペラ化作品を基に、中世のモンゴルとロシアの戦争を描いた作品。ささやかな生活と信仰、駆り出される農夫たち、妻子との別れ、激しい殺し合い、平和な生活の回復を、フレスコ画を模したアニメーションで描く。戦闘的な前作と打って変わって、平和への祈りに捧げられている。
 本物と見まごうくらい、長い歴史のなかで色あせ、ひび割れ、欠け落ちた壁画の質感を再現。清貧に暮らす中世の農村の雰囲気が存分に伝わってくる。無神論が教義のはずの共産主義革命を題材にした前作でもなぜか随所に見られたキリスト教色が、中世を舞台に移したことで前景化している。まぁキリスト教というより「聖母教」と呼んでやりたくなるくらい、マリアの存在感が強いが。
 また、戦闘シーンでは、多重露光を用いて激しい動きを表現する前作の手法を深化させている。
 
 切り絵の関節を曲げるだけの単純な動きの反復は、UPA等のリミテッド・アニメーションを彷彿もさせる。しかし切り絵アニメーションは、デザインをいくらでも細密にできる点で大きく異なる。
 絵画芸術に直接依拠する前作と本作では特に、ノルシュテインはそれによって「絵画の発展としてのアニメーション」をつくっているのだろう。つまり、まず絵があって、つぎに動きなのだ。したがって、様式性の強いリミテッドな動きは制約どころか、むしろ「動く絵画」のために要請されていると思われる。その動きは、あくまで絵画の鑑賞者が「幻視」したかのような、簡単なものでなければならないからだ。
 さらに言えば、ロシア人だから当然かもしれないが、エイゼンシュタインの影響もあるだろう。モンタージュこそ映画を他の芸術から切り離す技法とする一方で、エイゼンシュタインは絵画がモンタージュ的なもの(つまり時間)を取り込んできたとも言っている。それも、キュビズムのような前衛芸術でなくても、そうだという。
 絵画をみる眼は、全体と部分を曖昧に往還している。そうした眼によるモンタージュを映像によって顕在化させる、ということをノルシュテインは行っているのではないか。