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おとし穴のRのレビュー・感想・評価

おとし穴(1962年製作の映画)
4.8
日本人で最も好きな映画監督のひとり、勅使河原宏の初の長編作品。今回で見るの5回目。この人の映画はホントすごい。前衛的な作風で有名やけど、アバンギャルドでありながら難解さがなく、分かりやすいし、娯楽要素も豊富。まがまがしい異世界感に満ちた映像がどのショットもたまらなくカッコいい。今作はまさにタイトル通り、冥界というおとし穴にはまり込んでしまった名もなき人々の声なき叫びを、見事にヴィジュアライズした大傑作。オープニングのタイトルコールからヤバすぎ。不気味なホラー映画のような鳥肌モノの音楽をバックに、画面全体に一文字ずつ「お 」「と 」「し 」「穴」のタイトルが出て来た時点で、シビレルーーー!!! 労組のある会社で働くことを夢見る貧しき名無しの権兵衛が、ひどすぎる労働条件の炭鉱から脱走して放浪していたある日、廃鉱のため空っぽになった山村でちょっとした仕事があるからと、ひとりそこに呼び出される。で、行ってみると、どういったわけか、とつぜん全身白スーツに身を包んだ謎の男に殺されてしまうというショッキングなはじまり。この白スーツの男が実にコワい。若い頃の田中邦衛が演じてるのだが、まったく血の通っていないマシーンのような殺し屋で、何らかの計画に基づいて、狂いなく殺しを実行していってる様がめちゃめっちゃ不気味。殺される権兵衛くんは、井川比佐志。この人も素晴らしい味わいで、ブチャイクで粗野だが、どことなく色気があって、体躯もよく、現在の爺さん姿しか知らないとちょっと驚き。で、殺された権兵衛がひゅーっと逆回しのように立ち上がる、殺される前の状態をすべて引き継いで、永遠にその状態で存在しゆく幽霊となって。一体あの白スーツの男は何者なのか、なぜ自分は殺されなければならなかったのか。やりきれない思いを少しでも晴らすために、その原因を追及しようとするのだが、背後に社会構造的陰謀が絡んでいることがぼんやりと浮かび上がってくる。幽霊になってもあっけらかんとしてる男の様子がコミカルで、笑ってまうシーンもありつつ、いつも通り目の前にある現実世界にまったく何の働きかけもできなくなる、恐ろしいほどの剥離感と絶望感が描かれる。わけがわからんたい!と叫ぶ主人公の気持ちはまさに、常に巨大な構造に搾取される労働者たちが、無意味な死に呑み込まれてゆく悲痛な叫びに聞こえる。そんな生活を送ってる人たちは自分の生存に必死、社会の不正と戦ってる人たちはまさにその不正によって消されてしまう、という、すごく社会的なテーマを、センス良すぎな不条理寓話に仕立て上げた監督、安部公房、武満徹などなどの才能! 最高! 拒絶感に満ちたカッコよすぎる映像、コワいコワい音楽、巧みな脚本、何もかもがすばらしい。途中から出てくるオバはんの存在感とセックスもすばらしい! 最後のガキンチョの涙も、駆け抜ける姿も! 素晴らしい! 今後も何度となく見ていくことでしょう。
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