垂直落下式サミング

くちづけの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

くちづけ(1957年製作の映画)
4.6
増村保造の初監督作品。恵まれない境遇にある若い男女が出会うことで、互いに惹かれていく王道ラブロマンスだ。
父親が選挙違反で刑務所に収監されていて保釈金が必要な川口浩は、面会の帰りに同じく父親が収監されている野添ひとみに金を貸したことで、彼女に一日付き合うことになり、競輪で得た小遣いでオートバイに乗って江ノ島まで海水浴に行く。
そこでふたりは意気投合するが、野添ひとみは積極的に関係を深めようとキスをせがむのに、ひねくれた川口浩は彼女に応じることができず、女の子を置いて自分だけ帰ってしまう。
川口が演じる男の自分を上手く表現できないぶっきらぼうさが愛らしく、また野添も彼の中にある優しさや孤独の欠片を見付けて、そこに共感していく過程がリズム良く連なっており、短い映画だが驚くほど物語世界に引き込まれる。
同じ境遇の男女が惹かれていくという話は、いまだに多く作られているが、ありきたりな題材を扱っていながら、本作は恋愛ものとしてストレートに人の心を打つ作品に仕上がっており、増村はいきなり娯楽性を兼ねるホームランバッターであることを見せつけている。
大映・増村保造は腰を据えた正統派ができるからこそ、強烈な領域に踏み入っても作品が落ち着きを失わなかったことがわかる。古今東西のただ過激ぶりっ子をしたい奴らとは、土台からして違うのである。
面白いのは、恋敵に食って掛かって顔面を殴られた主人公が、「アイツのパンチは相当なもんだぜ」という負け惜しみの台詞を言うのだけど、後でコイツが裸でバーベルを持ち上げているシーンがあり、普段から身体を鍛えている描写が入ることで、パンチ力が強かった理由が観客に説明されるところ。大映作品は律儀にセリフの整合性をとるのが特徴で、然程重要ではない部分にも気を使ったものが多くて好き。