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タイム・オブ・ザ・ウルフのFoufouのレビュー・感想・評価

タイム・オブ・ザ・ウルフ(2003年製作の映画)
2.5
人はひょんなことで試されたりする。いつだって試練の「時」になり得るわけです。

わたしの場合、先夜観たアニメ映画について、「現実に対する批評性がない」などとエラそうなことを書きながら、続けて本作を観るにつけ、なんともバツの悪い思いをさせられるわけです。こちらはパルムドールにニ回輝く巨匠ですから。パルムドールがなんだ! がもちろん基本姿勢ですけど、やはり慎重にはなるわけです。なんか、見落としてないか……とか。

原題《Le temps du loup》。英語なら《The time of the wolf》。DVDの特典映像に付いているインタビューでハネケはもっぱらフランス語を話し、同じ場所でイザベル・ユペールは英語を話す。これもちょっと変な感じがするし、ハネケの映画のほとんどがフランス資本(合作)でフランス人俳優をメインに起用したフランス語映画というのも、当人がオーストリア人であるだけに、なぜだろう? という素朴な疑問が。フランスはとかく芸術映画に理解があって、資本が集まりやすい……とは、まあ、想像できますけど。そのうち是枝監督や川瀬監督なんかも、フランスから配給されるようになるかもしれません。

『狼の時間』。成句表現なのかもしれませんが、はっきりとはわからない。『犬とオオカミの時間』という韓国ドラマがあるらしく、entre chien et loup といえば、黄昏時のこと。オオカミと犬の区別がつかない時間、ということで、日本なら、黄昏=誰そ彼(かれはだれ?)に相当するわけですね。『狼の時間』ですから、黄昏以降、ということでしょうか。

イザベル・ユペールがインタビューで、台本を見た時これはある種の御伽噺と理解した、と語るように、本作は寓意性の高い、もっと言えばメタファーそのものとして撮られている。ではなんのメタファーなのか、どんな寓意なのか、となると、それは完全なネタバレになるので、良識ある観客は沈黙するのみです。ですから、ぜひ、これをご覧になるならなんの情報も入れずに観ていただきたいと切に願う次第。であれば、私と同じように冒頭からショックを受け、その後は何が起きているのかわからぬままその不穏さにドキドキイライラさせられ、それでも次第に状況が見えてきて、なるほど、そういうことか……ってなること請け合いです。そして、私の場合は、現実の批評性、という自らが放った言葉のしっぺ返しを喰らうことにもなる。

状況がはっきり見えた時、ハネケやユペールの言う、ヒューマニズムをそこに見るかは、それこそ観客次第、ということになるでしょう。

遠くポン・ジュノの『スノーピアサー』にまで本作の余波は届いていると思います。タルコフスキーの『ノスタルジー』の返歌として観る向きもあるかもしれない。ただ、タルコフスキーと違ってハネケはあくまでも人に付くところが好ましいですね。文豪や詩人の一節を引用したり、絵画や音楽を含めた芸術を至上とする鼻持ちのならなさもハネケは無縁。血とか内臓とかのほうが彼にはよほどリアルなんでしょう。

特典映像にはメイキングの一部もあって、ホームビデオですか、という作りなんですが、それがまたいいんですね。ただただ、ハネケが、スタッフが、俳優が、ワンシーンを撮るためにどんな動きをしているかを遠目に収めている。楽しくてしょうがないという顔を浮かべながら、精力的に動き回るハネケと、彼の羽織る茶色の薄汚いチョッキの、背中にできた大きなシミを見ていると、そこはかとなく泣けてくるわけです。

さぁ、ハネケも残すところ三作となりました。
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