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ベンジャミン・バトン 数奇な人生のhikarouchのレビュー・感想・評価

4.6
これは、予想を遥かに超えて大好きな作品であった。

老人として生まれ、時間を遡るように若返っていくという突飛な設定でありながら、いやその設定であるがゆえに、こちらは常に時間の経過を意識させられる。この物語の大枠の設定がそのままストーリーテリングの最重要ピースになっており、この設定が単に奇をてらったものではなく必然のものとして感じられる。これがすごい。

ベンジャミンの人生を非常に長い時間軸で描き出す本作は、まさに大河ドラマであり、そのなかにおいて「時間を意識する」ということはすなわち、やがてくる死を意識するということでもある。いわゆるメメント・モリ(人はいずれ死ぬ)という命題が根底に流れている映画であった。劇中のセリフにも、「永遠に続くものなどない」というセリフが度々登場することからも、これが本作の重要なテーマであることに間違いはなさそうだ。

フィンチャー作品でいうと、本作の約10年前に制作されたファイトクラブなどもメメント・モリがテーマの映画だったと思うが、本作でのスタンスにはフィンチャー10年分の積み重ねによる成熟が感じられる。
ファイトクラブでのメッセージは、明日死ぬとしても今日これをやるのか?今この時を最大限に生きろ、というテイストだった(個人的な解釈)。だが本作では、その限られた人生という時間を、誰とどう過ごすかという姿勢であり、その時をいかに大切に慈しむかということだった。これには深く考えさせられるし、自分も大切な誰かとの時間を大切に過ごさなければと思わされる。

このベンジャミンという人物の人生に共鳴してしまえば、3時間近い映画も全く長さを感じず、むしろ足りないとすら思える。ベンジャミン・バトン、いやブラッド・ピットという人間の濃くて旨いダシが、これでもかと溢れ出ている作品でもあった。

物語や、演技はもちろんのこと、脚本、演出の手腕も素晴らしく、雷に七回打たれたオジサン(この話は実話らしいw)、キャビアとウォッカ、そしてこの映画のタイトルそのものに至るまで、多くの伏線が周到に張り巡らされており、それらを非常に上手く、しかしさりげなく回収していく、実に上品な語り口になっている。

個人的にとても珍しかったのは、この映画最初の10分くらいまでは全然面白く感じなかったのに、どんどん盛り返してきたこと。だいたい最初の10分がダメな映画は最後までみてもダメなことが多いんだけども。

傑作ぞろいのフィンチャーのフィルモグラフィにあって、本作の評判はやや微妙だったため、見そびれていたが、他作品とはかなり違うテイストで、しかし勝るとも劣らないくらいに大好きな作品になった。
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