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八甲田山のKuutaのレビュー・感想・評価

八甲田山(1977年製作の映画)
3.9
見る地獄。午前10時の映画祭にて4K版。満員だった。たぶん人生3回目くらいの鑑賞。

壊滅状態に陥る神田大尉(北大路欣也)の青森歩兵第五連隊と、その何倍もの距離(224キロ)の行軍を成功させる徳島大尉(高倉健)率いる弘前歩兵第三十一連隊を対比させながら、史上最悪の遭難事故を描く。

地獄絵図としかめっ面が延々続く映画なのに興味が持続するのは、実際の冬の八甲田で三年かけて撮り上げた、山全体が唸り声をあげる、立ち竦んでしまうような絶望感が画面から伝わってくるから。ダメな部分もある映画だと思うが、この一点だけで十分お釣りがくる。

亡霊のように雪の中に立ち尽くした人間が、一人また一人と倒れていく。それでも生きるため、理不尽な現実と対峙せざるを得ない。神田は「困難を乗り越える」と言うが、第五連隊は大隊長(三國連太郎)のせいで本来背負わなくていい困難が増している。例えば方向を間違えて鳴沢に降りたため、予定にない急斜面を登ることに。血だらけで斜面を転げ落ちる五連隊と、体を紐で結んで着実に進む三十一連隊のシーンのカットバックに、何のために彼らは死んでいるんだと、感じずにはいられない。

一旦山に入ると役者の顔も判別出来ないくらい白い画面ばかりになるので、出発までのブリーフィングや伏線となる会話に集中し、観客も隊員同様にきちんと知識を入れて山のシーンに臨む必要がある。地名が連発されるので手元に地図もあった方が良い(地図で振り返ると五連隊が田代の手前から全く前に進んでいなかった事、三十一連隊が非常にスムーズに予定をこなした事などがよく分かる)。

「八甲田ですれ違う」約束が無茶な行軍の原因になるが、神田と徳島にとっては唯一のモチベーションにもなる。2人の熱っぽい友情だけが、彼らの足を進めてくれる。弟が死んだと訴える隊員(前田吟)に「幻聴妄想だ」と語気を強める徳島。そのセリフには神田を心配する気持ちと、神田の部下がそんな事になるはずがないという祈りにも似た感情が込められている。

日本海側出身の少数精鋭でモチベーションも高い三十一連隊は軽装備を身にまとい、地元の案内役も積極的に雇う。一方、見栄のための寄せ集め大部隊となった遠足気分の五連隊は、ソリでの運搬に体力を奪われ、最初の目的地の田代に誰も行ったことがないのに案内を断るなど、杜撰さが目立つ。

田代か帰投かで行ったり来たりする場面は、塚本晋也の野火の冒頭でも似たような描写があったが、ダメな日本軍の典型といった感じ。思えば冒頭の会議シーン(大滝秀治の台詞回しがカッコいい)ですら、青森側の士官は弘前側と比べてやや落ち着きがなく、両者の差が現れている。

神田なりに徳島に負けないよう勉強、準備を進めるが、現場に立つと思うような力を発揮できずに混乱していく。真面目な性格が全く報われない展開が切ない。皮肉なことに史実では、駒込川を下っていった大隊長のグループに生存者が多く、正規ルートで賽の河原に戻った神田(実名は神成)らは青森湾からの強風を受け、ほぼ全滅している。

こうした予備知識が必要になるくらい偏った、やや不親切な作りなのは否めず、一本の作品の完成度としては物足りなさも残る。

特に後半は「道がわかったぞ!!!」「まぇすすめぇ!!」→テーマ曲というパターンばかりが繰り返されている。春の八甲田や、祭りや田植えといった日本の原風景的なイメージショットも長すぎる(ワンパターンな展開そのものは、彼らにはそれしか打開策がない、という悲壮感が味わえる演出として許容範囲に感じたが)。

棺桶シーンの高倉健、撮影の苦労とか、色んなものが詰まった、フィクションを超えた凄味がある。それだけに、直前に神田と徳島の妄想による邂逅を挟むのは要らない気がする。また、賽の河原での第五連隊の救助や壊滅っぷりを割と省略しているのがピンと来ない。神田以外の五連隊の最後ももう少し見せるべきだと思うが…。

秋吉久美子に敬礼するシーンかっこよかったが、謝礼を上げないのか気になった。そこまで厳しい場所じゃなかったからか?映画では、一番キツイ馬立場などを先導した案内役にはお金を渡して汽車で帰らせていたが、史実では凍傷でボロボロになっているのにそのまま引き返させている。実際の徳島は案内人の使い方もめちゃくちゃ荒いし、立ち寄った宿でも偉そうだしで、評判悪かったらしい。

当時は「青森の悲劇」として美談的に報じられ、三十五連隊の存在はクローズアップされなかった。案内人たちが後に証言したことで、二者を比較し、五連隊の行動を批判的に検証する流れができたという。

YouTubeに公式動画のある、WOWOWぷらすとの春日太一さんの解説が素晴らしいのでオススメ。日本映画が落ち目の70年代にあって、大予算を組んでは失敗を繰り返すメジャー作品へのアンチとして、橋本忍がインディー的な少数精鋭で作った映画、というメタな視点。橋本は戦時中、鳥取の歩兵連隊に所属しインパール作戦で多くの仲間を失った過去があり、仲間の死を背負って八甲田山の悲劇や教訓を蘇らせようとしていた。撮影の木村大作の頭おかしいエピソードなどなど…。79点。
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