蛸

ストレンジャー/謎のストレンジャーの蛸のレビュー・感想・評価

4.5
オーソン・ウェルズの監督作の中ではあまり語られることのない作品だけど、これは間違いなく傑作だ。
脚本には甘いところがあったりもするのだけど、とにかく映像が素晴らしい。全体を通して、ウェルズの演出力が冴え渡っている。役者の表情を大胆にアップで切り取るカットの多用や、クレーンカメラによるダイナミックなカメラワーク、完璧に計算され尽くされた影や空間の使い方、エッジの効いた構図。とにかく全てがかっこいいのだ。
ストーリーはシンプル。田舎町を舞台に、戦争犯罪委員会に所属しナチの残党狩りを行っている主人公と、元ナチスでアウシュビッツの大量虐殺の実質的指導者であったとされるフランツ・キンドラの攻防が描かれる。
ベタなキャラ付けだが主人公とキンドラは対照的でありつつも共通点を持った人物として描かれている。2人は町の住人にとってストレンジャー(よそもの)であり、時計いじりを趣味とするところも共通している。
時計はモチーフとして映画の中で重要な役割を果たしている。ここでは時計は歴史を象徴しているのだ。小さな田舎町が舞台のサスペンスに連合国と枢軸国の歴史を巡る争いが仮託される。キンドラは教会の時計台を修理するが、町の住人に「あの時計の音で夜眠れない人が増えた」と苦情を言われてしまう。ナチスの存在が人々を不安に陥れるということを示唆するセリフだ。クライマックスの展開も実に象徴的だ。キンドラは歴史に復讐されることになる。
出てくるそれぞれのキャラクターも印象的だ。エドワード・G・ロビンソン演じる主人公ももちろんだが、とにかくウェルズ演じるキンドラのナチの残党ぶりが素晴らしい。後半の追い詰められっぷりも含めて終始抜群の存在感を発揮している。彼の出てくるシーンの中では森の中での殺人シーンが特に印象的だが、全編を通して一挙手一投足に至るまで注意を払わずにはいられない。ラストで主人公が彼に向かって口にするセリフ、「貴様こそトリックだけで生きてきた」はオーソン・ウェルズの実人生を想起させるようで面白い。
この映画を見ていて「ウェルズは映画に愛されていたんだなぁ…」とつくづく思わされた。映画を観る喜びが詰まった一本。
蛸