Jeffrey

マルサの女のJeffreyのレビュー・感想・評価

マルサの女(1987年製作の映画)
4.5
「マルサの女」

〜最初に一言、伊丹十三作品の中で最も好きなー本である。極めて重要な政治的課題である税金を脱税者と徴収側との戦いをコミカルに描き、限りなく人間の欲望に迫った傑作である。父、伊丹万作の特徴ある時代劇を凌駕するような作風作りに驚きを隠せない。まず観て損ない映画である〜

冒頭、港町税務署のやり手調査官・板倉亮子。喫茶店での調査、売り上げ除外、新しい愛人の役目、着手、面会、ホテルの視察、財産の残し方、タレコミ電話、ガサ入れ開始、隠し部屋、息子、パチンコ。今、暴力団・政治家・銀行が絡んだ大型脱税との戦いが始まる…本作は東宝で伊丹十三が昭和六十二年に監督した作品で、彼の作品の中でダントツに好きな映画である。これ程までに国税局査察部(通称マルサ、〇査) に勤務する女性査察官と脱税者との戦いをコミカルかつシニカルに描いた作品もないだろう。主演は奥さんである宮本信子で脚本は監督が執筆して、第十一回日本アカデミー賞ではほぼ総なめ状態の賞を受賞した映画で、最優秀作品賞、最優秀主演女優賞、最優秀主演男優賞最優秀助演男優賞、最優秀監督賞および最優秀脚本賞を受賞し、主要部門をほぼ独占した傑作である。特に山崎努のあの名台詞は最高である。本作は伊丹十三作品では唯一の続編映画になり、あまりの人気にカプコンがファミリーコンピュータ向けにゲーム化したりもした。カプコンと言えば大阪を代表する企業だが、ここ最近情報流出で色々と矢面に立たされている。

そもそも伊丹十三がなぜこの作品を映画化したかというと、それはデビュー作である大ヒット「お葬式」の時に収益がほとんど税金としてとられてしまった事柄から発想したとの事である。やはりごっそり持って行かれた汗水たらして稼いだ金が吸収されるのは悲しい事であるが、国民の義務なので仕方ないと言えばそれまでだが、それが結果的に税金や脱税について興味が湧いた伊丹の新たな作家性を目覚めさせた点は非常に良かった。この映画に関してはサウンドトラックをダウンロードして持っているほど好きである。いちど聴いたらやみつきになる。しかも国税庁が協力したらしいから凄いのである。まぁ実際は止めても作るだろうと考えた国税庁の人たちが、作るからには納税者に誤解を与えない様、正確な内容にして欲しいと取材に協力し、査察部のガサ入れシーンでは、マルサOBが監修に協力した程である。

そして〇〇の女シリーズは後に何作が出ている。これが宮本信子を演技派女優へとの仕上げたモニュメント的作品である事は言うまでもないだろう。実際私は伊丹十三の作品を本作から見始めた。しかも電車に揺られながらYouTubeに落ちていたこの作品を見てあまりの面白さに改めてレンタルDVDで続編とともに借りて家で見たのだ。するとブルーレイが発売されると言う噂を聞きつけ、ボックスを全て購入して、伊丹十三作品を全て見たのは今から三年前の二〇一七年である。ほとんど私好みでそっからファンになってしまったという経緯がある。それにモテ男ばかりを演じてた津川が中間管理職の中年男を見事に演じていたのは素晴らしいの一言だ。そこから伊丹の作品ほとんど出演している。黒木和夫の「キューバの恋人」の津川は非常にイケメンだった。

前作に引き続き、吉田喜重の嫁である岡田茉莉子が出演していて、彼女は運転免許証を持っていなかったため運転する場面は代役を立てとのことだが、主演の宮本信子は映画のために大型二輪免許を所得した話がある。にしても裏社会や政界と付き合いのあるラブホテルの経営者を演じた山崎努の悪役っぷりはたまらなくハマっていて最高である。それにまた儲けちゃったって言って喜びのダンスをするんだけどそれがまた不気味なんだよ。さて、本作の面白いところは、税金わ取られる人間たちの修羅場の連続を見ながら、日本の断面図が作られている事に気付かされる点だ。伊丹は「お葬式」で二億以上の税金を払ったと言うのだから仕組みに興味を持つのは必然的かもしれない…。本作は宗教的な面も感じ取れる。それは遺作「マルタイの女」で宗教信者などを取り扱ってるからか、本作は金と言う神を少なからず描いている様にも感じる。社会秩序を支えてるのは金であり、それが神でありるそれにガサ入れするマルサは悪魔であり、徹底的に対決すると言う…構図。

資本主義社会と現国家を描いている感じがした。この作品て、とりあえず取材をしないと脚本も描けなければ台本も書けないだろう。国税局査察部や、税務署の調査官はもとより、税理士、公認会計士、様々な会社の経営者、銀行関係者、パチンコ店やラブホテルのオーナーから、果ては悪徳不動産業者や経済ヤクザにまで会って話を聞かない限り作れない映画だと感じる。なんといったって脱税する者と摘発する者との、知能の限りを尽くした戦いの映画なんだから。結局監督はかなり取材をしたそうであるが、具体的に脱税のプロ、それを摘発するプロとが、知恵の限りを尽くしてしのぎを削ると言うストーリーはかなり面白く、プロ同士の血みどろの死闘を描いた映画ではかなり評価できる。脱税の手口と、それを摘発する捜査官の内偵や調査のテクニックが妙に入り混じり、独自の人脈を駆使して、パチンコ、ラブホテル、不動産、金融、経済やくざに至る様々な人物が登場し、脱税のテクニックのディティールを描破している。

そうすると監督を取材した材料の中から特に映画的なものを厳選してシナリオの原型を書き上げたと思われる。この映画面白いアイテムとしては様々な金銭や財貨、有価証券、証書類、通帳、メモ、印鑑、鍵などが出てきてこれらが非常に良い役割を果たしている。特に鍵=女性の演出はエロティックである。縁の下に埋められたビニール袋やピラニアの水槽の砂に隠された鍵やブロック塀のブロックの空洞に隠された袋や人形のたもとに隠された印鑑、リップスティックの中、登校する小学生のランドセルの中の通帳類、蕎麦殻の枕の中から出てきた印鑑やブラジャーに縫い込まれた印鑑など様々な隠し場所があって、まるでアイテムのかくれんぼである。その他、何が言いたいかは映画を見たらわかる。そういえばメモ用紙をヤギのように口に入れてほおばる女性も出てきたな…。隠蔽するためにはお構いなしと言う所だ。


さて、ここで少しばかり役者について話したい。それにしても主演を演じた宮本信子が途中で登場人物の板倉なのか、板倉が宮本なのか分からなくなるほど演じきっていて非常に良かった。ハードボイルドな映画なのに見た目は美人ではなく、そばかすがあったりどこかしらボーイッシュでユーモアがあって色っぽい感じが出ていてなんとも魅力的なキャラクターを演じていて良かった。基本的にズケズケと物事をはっきり言うが、優しさも見せ、脱税者の息子に対しては懸命に話をかけたりする性格で、非常に魅力を放っている。こんな魅力的なキャラクターは伊丹十三の作品では「マルサの女」だけだろう、、、。そんで山崎努は金に取り付かれてスケベで女好きと言う最悪の三拍子が揃い、そこに足が不自由で杖をついていると言う健常者ではない役柄と言うのもまた風変わりである。今まで優しさを売りにしていた伊丹十三作品とは打って変わって悪役に転じている。今思えば、欠点もわりかしあったなと…。息子の弱愛や子育てが下手くそと言う…。それでもウイスキーグラスを片手に金銭哲学を語る姿はあっぱれである。



さて、物語は港町税務署のやり手調査官の板倉亮子は、管内のパチンコ店の所得隠しを見つけてしまうのだ。老夫婦の経営する食品スーパーの売上計上漏れも見つけてしまい、容赦なく指摘していく。それがまた非常に地味な仕事だが、すごく効き目のある作業である。そんなある日、実業家の権藤英樹の経営するラブホテルに脱税のにおいを感じ、調査を行うが、強制調査権限のない税務署の業務の限界もあり、巧妙に仕組まれた権藤の脱税を暴くのにてこずっていた。そんな中、亮子は強制調査権限を持つ東京国税局査察部の査察官(通称マルサ)に抜擢されてしまう。これが脱税者達の運の尽きである。着任早々に功績を挙げ、やがて仲間からの信頼も得るようになった亮子。そんな時、権藤に捨てられた愛人の剣持和江からマルサに密告の電話が入る…と簡単に説明するとこんな感じで、宮本信子演じる板倉亮子は税務署員時代から目をつけていた権藤の調査を自ら進んで引き受け、亮子の努力が実を結び、権藤に対する本格的な内偵調査が始まり、暴力団・政治家・銀行が絡んだ大型脱税との戦いをおっぱじめると言う伊丹十三の傑作である。


いゃ〜、冒頭から前作「タンポポ」のクライマックスのおっぱいを吸う場面が大人バージョンで流され、いちど聴いたらやみつきになるサウンドトラック(スコア)が流れる冬の雪降る描写で杖を突きながら山崎努演じる悪役が車からヨタヨタ降りてくる場面からもう最高である。渡辺まちこ演じるあのおっぱいのでかいナースとこそこそ話する場面、男が胸に札を入れる描写、そこから季節は夏に変わる。そんでジャズ流れる都会の店で宮本信子演じるマルサの女、板倉亮子がおかっぱ頭で外のテラスでファッション雑誌を手に取りサングラスをして出てくるショットが凄いおしゃれでかっこいいのよ。しかもソバカスして…ソバカスと言えば「お葬式」の妹役もそばかす作ってたな。この作品面白いところは、セリフ回しにある。しかもわりかし長回しで小難しいセリフを言う所とかさすが役者全て記憶してるなと感心する場面もあるが、追い詰められる側の人間が放つセリフもまっとうであり、追い詰める側の人間のセリフも真っ当であるから、なかなか観客はどちらに感情移入していいのか混乱するのである。

んで、権藤英樹(山崎努演じる)が嫁と揉め事する寝室の場面もかなり強烈。女が嫉妬に狂い始め、電話線をハサミで切って、ハサミを向けて殺そうとする場面はホラー映画である。しかもこれまたネグリジェを着ているから雰囲気が出てるし、夫が妻に暴力を振って鼻血を出すシーンも強烈で、それでも夫にお願い待って行かないでと言う妻の心情は胸が痛い。次のシーンで、マルサの女がパチンコ屋に行くところがあるのだが、一万円札に赤マジックで印をつけてそれを両替機に入れるトリックで伊東四朗演じるパチンコの店長との駆け引きが面白い。亮子に脱税を指摘され、最後にはウソ泣きして調査を免れようとするんだから爆笑もんよ。赤い上下のジャージ着て黄色いメガネをつけて嘘泣きする場面とかも笑える。そんで冒頭に出てきた看護婦の女がダメ〜、ダーンメ、ダメダメ、ダメよ〜、ダーメ…って言う権藤と女の絡みがウケる。

そして春になる…と。遂に板倉と権藤が初顔合わせする場面が慌ただしい音楽と共に写し出されるのだが、初対面で紐が役立つ出来事が起こる。暴力団の蜷川と板倉が話をするシークエンスの迫力があって面白い。蜷川を演じた芦田伸介って、実際に顔に傷があり、その傷を生かしてヤクザを演じたそうだ。あの亮子に税務調査に入られた事を根に持ち、税務署に押しかけてメガホン片手に大演説するシーン、蜷川の横暴ぶりに頭にきた亮子に、警察に突き出す口実のため、塩が混入したコーヒーに怒ってコーヒーカップを壊させようと企てられたり、カオス状態である。そんで国税局が鍵を隠したと言う疑いで、その女が逆上して自分から洋服を脱いで真っ裸になって股を開くシーンは強烈。笑えるけど。そしていよいよ税務局による家宅捜査が始まるんだけど、ここで山崎努の名台詞が出るんだよ…。

それと権藤の息子の太郎君がすごい温厚な性格だったのに徐々に父親に反抗的になり、先生に蓄膿と言われてそれの手術代を貯めた二〇万円を親父にばれて、叩かれて暴力を振るわれる緊迫的なシーンがあるんだが、結構胸にくる。その後に飛び出て息子を追いかける板倉の姿、そこから草原の道を歩きながら二人が会話する場面もすごく良い。そんで責任を持って家に連れてきて、しばらくそっとしておいてください太郎君大丈夫ですからと言って、権藤がありがとうと言うところも印象的。その後に看護婦の家のガサ入れでハンコを見つけられてギャーギャー騒ぐ場面も印象的。そんでクライマックスの夕日が照らされるスタジアムでハンカチにナイフで切った指の血で残りの有り金を教える権藤と板倉のラストもまた印象深いし、あの風景画の固定ショットでエンドクレジットになるのもなんとも余韻が残る。

この映画の良いところって決して脱税は悪で査察は前と言う描き方をしていないところだ。どちらかと言うとドラマ性に満ちており、悲しみを持って捉えられている。脱税と言うのは汚職や選挙違反と並んで民主主義の根本を破壊する犯罪であると言うのは誰もが承知していると思うが、それをバイアスして描いていないのが私は良かったと思う。毎回思うのだが伊丹十三の作品のキャスティングは素晴らしいの一言だ。自分は日本映画が大好きで、日本映画のことを色々と知っている分わかるのだが、個性と演技力をフルに引き出された日に多様な人間像が画面の中に示すことに成功しているのは役者たちの魅力だろう。津川雅彦は溝口健二監督の「山椒大夫」に出演していたし、岡田茉莉子は吉田喜重監督の常連(奥さん)だし…。

そもそも税金と言うのは何なのか、税金と言うのは所得に対してかかるもので、所得と言うのは、稼いだ金から経費を差し引いた金額のことである事は誰もが知っていることで、日本国においては人間は正直であると言う前提に立ち、稼ぎも経費も所得もない納税者が自分で申告することになっている。したがって脱税しようとする人間は稼ぎを少なく(売り上げ除外)経費を多く(架空経費)申告し、所得を実際よりはるかに小さく見せかけることである。映画を見ればわかるが、マルサといえども直接身体検査をする事は許されていないようで、着ているものを脱いでもらって、それを検査することぐらいしかできないようだ。ただしこの場合は着衣を調べるための許可証が必要となるのもわかる。脱税事件の関係者には女性も多く、彼女たちの衣類の調査のためにもマルサの女は待望されているようだ。しかし現在女性の査察官は全国でわずか三名しかいないようだ(当時の調査)。くれぐれも人権を侵害せぬような配慮がなされているのも映画を通してわかる。マルサの管理職はガサ入れに出かける査察官たちに相手にも立場のあることを忘れないようにな…とくどいほど念を押すのを忘れていない。

ちなみにガサ入れにはマルサの中から少なくても八十名、通常百名以上、多いときには三百名が参加するらしくて、彼らは前日の夜招集されて事件の概要の説明を受け、自分の仕事を支持されるそうだ。現在までマルサの取り扱った事件は二三五六件で、その中で告発されたもの一七〇二件、そして百%近くが有罪となっているそうだ。しかもあの会社は何十億も脱税している早く調べろなどと言うのは信頼できない場合が多いらしく、本当のタレコミと言うのは小切手のコピーー枚を送ってきて、これはあの会社の隠し預金から支払われたものである…などと言う風にリアリティーがあるらしい。それに税務署の調査官は金庫を直接開けたり、直接現金に手を触れたりはしないことになっていて、マルサの場合、相手が金庫を開けなければ専門家を呼んで開けさせてしまうと言う少しばかりめんどくさい手法をしているようだ。しかも脱税している会社では密告を恐れて悪い女子経理課員をクビにできないなどと言う事柄もあるようだ。

しかしこの映画には様々な隠し場所が写し出されていて興味を持った。まず額の裏が金庫になっている例に始まり、犬小屋(犬小屋を隠し場所にしてあった例)それから口紅の中に印鑑が入ってたり、無造作に絨毯に放置してあった鍵だったり、きゅうすの中に印鑑をびっしり詰めているシークエンスもあり、漬物樽の中に書類を漬け込んでしまったり、ランドセルの中に重要書類をしまったり、ゴルフクラブの柄をくりぬいて中に書類を隠したり、ブラジャーにポケットを作り貸金庫の鍵を隠したり、人形のたもとに証書が入れられたり、しゃべるで裏預金の印鑑をポリ容器に入れて埋めていた例などもあった。しかも驚いたことにドアを閉められそうになったらすかさず足を挟むために捜査員はみんな安全靴を履いているようだ。しかもガサ日の朝食は握り飯と決まっているそうだ。そういえば鏡台に隠されていた例もあったなあ。しかも犬小屋の場合は探そうとしたら犬が吠えると言う訓練もなされているようだ。

この長編三作目にして国税庁をテーマにしたタメになるドラマを作ってくれた監督に感謝をするし、正直デビュー作の「お葬式」でガッポリ稼いだ金が税務署に持っていかれて憤慨しているかと思いきや、そんなこともなく描かれていて一安心した。基本的に税務役人と納税者の戦いを描くと強者と弱者に見えるが、脱税摘発部隊と大型脱税者と言う構図になると一般大衆感覚では逆転してしまう。そういった狙いも凄いし、何よりこの種のテーマの選びと着想と表現力にはただ驚かされる。葬式に始まりラーメン屋で一息つき、そして国税庁との戦いを描く本作…何が悪で何が善なのか非常に丁寧に愛情を持って作っていて本当に映画作りがうまい人だなと思った。脱税心理は理解出来るように描かれているし、脱税を取り締まるマルサの心理もきちんと理解できるような描かれ方になっている。最後に、この作品について様々な一般人や役者の関係者などが投稿していて、泉ピン子(女優)の話が面白かった。彼女は税務署アレルギーらしく、税務署の封筒見ただけでも手が震えるそうだ。茶封筒はほとんど税金だから、国民健康保険は青色だから安心。茶色見ると石でもぶつけたくなるそうで、朝方までロケして家帰ってきたら涙が出ちゃったらしく、なんでこんなに働いてるんだろうって思ったそうだ。
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