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ブロークン・ジェネレーション/撲殺!射殺!極限の暴力少年たちのarchのレビュー・感想・評価

4.0
高校の卒業式を迎え、月曜日から街の工場で一生を働く毎日。クラスメイトは皆夢を持ち、教師に将来を期待されているがボーとロイの2人には未来に希望はない。
卒業直前の夜を描いた作品として古典的傑作の『アメリカン・グラフティ』や最新の傑作『ブック・スマート』などがある中で、その二作品に挟まれた80年代のLAを舞台にした本作は、差別的で暴力的で堕落したアメリカの狂騒の中に不良少年二人に投じさせる。
上記した二作品の主人公には未来がある。未来があるからこそ不安があり、今を惜しむ気持ちが生まれ、青春がある。
一方で本作のロイには未来はない。工場で働き始める「月曜日」、そこで彼の人生は終わってしまう。
その人生がそこでもう終わってしまうような危機感がロイの中で常にあり、そこから自暴自棄の行動とこれまで発露できなかった「殺人衝動」が彼を凶行に駆り立てていく。
本作は言わば、殺人鬼の青春映画である。だが、それは『アメリカン・グラフィティ』の青年が最後に憧れの女性とSEXをしようと奮闘するが如く、彼もまた内なる欲求に従ったに過ぎない。
冒頭の殺人鬼は一見して異常者に見えないという言葉は、恐怖を煽るがこうして本作を見ると、一つのボタンの掛け違いで性欲などの欲望が殺人衝動になってしまった者たちへの一種の憐れみにすら感じてくる。その考え方を現実に持ち込むのを良しとはしないが、だが本作の青年たちの感じる生きづらさは社会規範の外側の者達全てに共通するものあり、本作はさこへと眼差しを向ける。

ロイとボーの関係性がひとつの魅力でもある本作だが、「地元じゃ負け知らず」な2人のコンビが卒業と同時に、いやこの旅を通してこれまで見えなかった溝が見えてきてしまうのが切ない。ロイとボー、どちらにとっても次の「月曜日」は人生の終焉を意味する。しかしながらボーにとってはどこかその終わりを定めとして受け入れている節がある。数年後には「こんな人生も悪くない」なんて思ってしまう社会性が彼にはある。しかしロイは真の意味で月曜日を恐怖し、どうにか逃げ出そうとするのだ。
2人の差異はそんな社会性、言わば「普通」を受け入れるか否かで表現出来る。性欲についてもそうだ。ボーとロイの関係はホモセクシャルな関係に一見見える部分もあるが過剰なまでに否定する。一方でボーに嫉妬するかの如くSEXの相手を殺す。2人の性欲と別軸での密接な関係性は尊く、だからこそ次第に亀裂が入る様は見るに堪えない。
クライマックスは『ゾンビ』を思わせるスーパーマーケットでの逃走劇。一瞬ホームアローンのような攻防戦でもやるのかと思わせるが、ここに一切のカタルシスはない。彼らは究極の選択を迫られる。ここで死ぬか、捕まるか。ロイとボーが交わした「月曜からも堀の中さ」という会話が効いてくる。
銃を構えたボーはロイを撃ち殺す。弾みで打ってしまったのか、覚悟して撃ったのかが分からない刹那の間で撃たれた弾丸。ロイの表情にはボーがまさか撃つわけないという信頼が、ボーの言葉には、ロイに死よりも恐ろしい「月曜日」を迎えさせないための思いが表れる。
こうして彼らの夜は終わる。冒頭のチョーク・アウトラインが予感させた死の影が、ロイにたどり着くことで。
アメリカン・ニューシネマ的な味わいが深いパンクムービーとして、本当に見事な作品だった。
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