netfilms

ベニーズ・ビデオのnetfilmsのレビュー・感想・評価

ベニーズ・ビデオ(1992年製作の映画)
4.2
 元気いっぱいに動き回る豚は飼い主に無理矢理引きずられ、銀の筒状のスタンガンで撃ち殺される。スタンガンの威力は絶大で、頭に一発撃ち込まれた豚は一瞬で力をなくし、その場に突っ伏すように倒れる。うめき声が辺り一面にこだまし、空には雪がひらひらと舞う。目玉は飛び出し、一瞬だったので苦しんだ様子はないが、一頭の豚の命を奪うまでをビデオカメラで撮影した映像が流れ、どういうわけか映像は巻き戻しされ計2回豚の屠殺場面を伝える。少年はこの豚の屠殺シーンを収めた暴力映像に取り憑かれている。おそらく今日だけではなく何度も何度も屠殺シーンを巻き戻しながら見ているのだろう。彼は典型的な現実とバーチャルの区別のつかない人物として描かれる。90年代以降、先進国の少年による殺人事件が取り上げられるたびに、しばしば現実とバーチャルの区別がつかないパーソナリティ障害という精神疾患がクローズ・アップされるようになる。1日中部屋の窓を閉め切り、ビデオによる映像を大量に浴び、屠殺場面に取り憑かれた少年の様子は勃起不全のメタファーであり、血が通っていない。

 いつも通っているレンタルビデオ店でビデオを借り、外に出てみると軒先のモニターを食い入るように見つめる1人の少女を発見する。彼女を自分の部屋に招き入れ、様々な説明をしながら帰ると言った彼女を呼び止め、冒頭の屠殺シーンで実際に使われた銀色のスタンガンと弾を見せる。ボーイ・ミーツ・ガールな少年少女は度胸試しのつもりで、互いの胸にスタンガンを押し当てる。だが次の瞬間、少年の当てたスタンガンは突然暴発し、彼女は悲鳴を上げながらその場に倒れる。その一連の描写が偶発的か必然的かは各人に委ねられるが、豚の屠殺映像に取り憑かれた少年は、ここでスタンガンの生きた威力を知ることになる。あまりにもショッキングな場面を、ハネケは部屋に設置された冷たいモニター映像で映し出す。主人公が少女に直接的にスタンガンを撃ち込んだ映像は巧妙にフレームの外に押し出され、少女の絶命の瞬間を観ることは叶わない。その日会ったばかりの行きずりの少女を、主人公の少年は無残にもスタンガンで殺し、床に流れた彼女の夥しい血液を、牛乳を拭くのと同じように拭き取る。自宅の電話が鳴り、19時に友人と約束して遊びに出る主人公の現実とバーチャルの乖離ぶりが怖い。この一連の行動は偶発的であれ必然的であれ、事態そのものは列記とした犯罪であり殺人である。

 長かった髪を剃ったのは贖罪の気持ちだけでなく、両親への見えないシグナルだったことは想像に難くない。その後、少年は父親と母親と映像を介してコミュニケーションを取る。父親は大手通信会社に勤め、母親は美術商を営むブルジョワジーの核家族の行動は最初から破綻しているのだが、両親は少年の犯罪を何とか隠蔽しようと試みる。母親と息子のエジプト行きのチケットを手配し、父親が少女の死体をバレないように遺棄した後何食わぬ顔で息子と母親をオーストリアに帰国させるが、息子が少女を殺した罪は消えない。思えばハネケの映画では罪を背負った登場人物たちが出て来る。今作ではその「罪」から息子を守ろうとするが、その行為が逆に息子の犯した「罪」を際立たせる。ラストに置かれたTVモニターによる戦争や犯罪のニュースは、自己中心的で物質主義に至る現代人を痛烈に批判する。翻って冒頭の豚の屠殺場面に円環状に戻るラストは、メディアによる非現実化のなれのはてを露見させる。
netfilms

netfilms