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有りがたうさんのほーりーのレビュー・感想・評価

有りがたうさん(1936年製作の映画)
3.7
清水宏監督・上原謙主演のロードムービー『有りがたうさん』。

日本が貧しかった時代、日本が長閑だった時代、そして悲しいことの多かった時代を、天城街道を走る長距離バスを通して見事にスケッチした作品だった。
 
この作品を知ったのは高校生の時で、下田に住んでいる父の知り合いの家に遊びに行った時だった。

ちょうどこの映画がCSで放送されていて、その人からこれはこの伊豆が舞台なんですよと教えてもらった思い出がある。
 
原作は川端康成の短編小説『有難う』で、三島由紀夫が絶賛した本だという。

主人公は長距離バスの運転手で、道行く人がバスを避けてくれるといつも「ありがとー!」と声をかけることから通称“有りがたうさん”と呼ばれる好青年(演:上原謙←やっぱり超イケメン)。
 
下田発のバスには東京へ奉公に出される娘とその付き添いの母、世を拗ねた流れ者の女(演:桑野通子)、横柄な態度の紳士など色々な思惑の客らを乗せて三島へと向かう。
 
これは舞台が伊豆だからしっくりくる。東京の片田舎でもなければ東北の田舎道でもしっくりこない。

伊豆の山々~♪という文句がある通り、いくつもの山が重なるように続く山道だからこそ細くくねくねして、人や馬車がどかないとバスが通れない。だから人がどくと自然に「ありがとー!」となる訳である。
 
バスは美しい景観の峠道をのんびりと進む。途中、有りがたうさんは道行く人から言伝や買い物を頼まれてその都度停車したりはよと、この辺りの情景は何とも牧歌的。
 
だけどその反面、金山に失敗して娘を売る羽目になった男や、朝鮮人の出稼ぎ労働者の娘など当時の日本の悲しい部分が垣間見える。

かつて山本晋也カントクが指摘していたけど、バスが歩行者や馬車をよけて山道を進む内容でありながら、本作では実際によけているシーンがほぼない。

どうやって撮っているのかというと、運転手目線の映像が映し出され、前方の歩いている人にカメラが近づく。

そして次の瞬間、「ありがとー!」の声とともにバスの後方に人が歩いている映像にディゾルブしていく。これが劇中で何度も繰り返される。

山本カントク曰くヌーヴェルバーグ的な演出なのだそうな。ある意味、省略法を極めた作品なのかもしれない。
 
そう言えば本作のラストもかなり間を省略していきなりポーンと飛ぶので唐突な印象を受けた覚えがある。あれも考えてみると斬新な手法だったんだなぁ。

「ありがとー!」

■映画 DATA==========================
監督:清水宏
脚本:清水宏
音楽:堀内敬三
撮影:青木勇
公開:1936年2月27日(日)
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