きんぽうげ

7本のキャンドルのきんぽうげのネタバレレビュー・内容・結末

7本のキャンドル(1994年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

イランの映画ですある。イランと言えばキアロスタミだけであった。新しい作家の発見。これは喜びである。同じようにドキュメンタリータッチで作られている。しかも子供が主役。子供の無垢さは何を意味するか。本来の形について。大人になったら消えていくものの原型。時に残酷に映る光景。この映画では労働という事の情景と神の在処について考えさせられた。イスラムの世界は新聞などで話題になることが多い。それはほとんどの場合が神の所在についての見解の相違から生まれてくると言っていい。第三者の出現。日本では考えにくい感覚。どんな場合でも感謝を忘れない気持ちは習うべき点は多い。今求められている第三者の出現。日本ではそれがあらぬ方向へ行ってしまっているのかもしれない。よく言えば現実的。主人公は田舎から都会に出て働いている出稼ぎの立場。労働者住宅の切り盛りをして、皆にありがたがられている。食事の世話から住宅の家賃を集める雑用までこなす。労働者達の表情が、その皺が物語っているように素晴らしく作り物ではないなと思わせる。合間に入る祈りや踊りのすべては神に捧げられる。
物語は田舎に残る妹が奇病にかかり体が動かなかったなってしまい、それを治すために父と奔走する過程を描く。この話は台湾映画の「河」を思い出させる。近代的設備の整った病院にかかるが原因が不明で一向に快方にむかわず、宗教的まじないもうまくいかず途方にくれる。これも「河」と一緒だ。ラストはおまじないである7本のキャンドルが彼女を救う。これはタルコフスキーの「ストーカー」を思い出させた。
きんぽうげ

きんぽうげ