LalaーMukuーMerry

黒部の太陽のLalaーMukuーMerryのレビュー・感想・評価

黒部の太陽(1968年製作の映画)
4.2
黒四ダムの建設工事にまつわる男たちの苦闘の物語。先人の苦労がしのばれます。三船敏郎と石原裕次郎の(夢の)共演、3時間以上の大作。見ごたえあり。
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戦後の発展に必要な電力確保のため、1956年、関西電力がゼネコン各社に発注をかけ、北アルプスの秘境中の秘境、黒部渓谷に巨大ダムを建設する計画が動き始めた。作品はダム建設というよりは、そのために資材を運ぶルートとなるトンネル掘りの難しさに焦点が当てられている。大切なのは最初の一歩、何事も始めが一番大変。
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信州大町側から鳴沢岳-赤沢岳の稜線の下を横切るように長さ5kmあまりのトンネルを通し黒部渓谷のダム建設予定地に到達する、これが第3工区、熊谷組の担当。反対側の黒部渓谷から掘り始めるのが第1工区、間組担当だが、こちらはトンネル口に来るのに立山を越えて来るか、黒部からもの凄い秘境(黒部峡谷)を上って来るしかなく、始めは人力工事しかできない。だからメインの大工事は大町側からのトンネル(通称、関電トンネル)の工事になる。
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この一帯はフォッサマグナにあたる。昔、学校で習ったフォッサマグナとは糸魚川―静岡構造線の大断層線のことだった(と思う)が、今はフォッサマグナというのは東日本と西日本をつなぐ大地溝帯のかなり広い領域をさすらしい(糸魚川―静岡構造線はフォッサマグナの西側境界にあたる)。映画の中で日本列島を1本の箸にみたて、それをポキッと折り曲げて、曲がったところがフォッサマグナだと説明していたが、分かりやすいだけじゃなく、プレート理論を基にする現代の地質学的にも正しい説明になっているところが面白かった。(映画制作当時は、プレート理論は学会レベルでやっと確立されてきた頃なのだけれど、監督は既にプレート理論を理解してあの会話シーンをつくったのだろうか?)
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日本は水が豊かだ。それは日本に険しい山がたくさんあるからだ。水は上から下に流れるというごく当たり前の法則のおかげで、広い面積を占める山の水が狭い平地に集まって日本は水が豊かなのだ。雨や雪解け水は山の表面を流れ落ちて川になる。その外にも、山の土に吸収されて伏流となり麓で湧き水となる水の量は相当多い。断層で粉々に岩の砕けたところ(破砕帯)が、山の伏流水の通り道になるから、豊かな水の恵みもトンネル工事には大きな障害となる。関電トンネルのルートにも破砕帯があることが当初から予想されていたが、実際そこにぶち当たった時、その水の量は想像を絶するものだった。トンネル工事は全く前に進まなくなってしまう。
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当時の掘り方は、大型の自動掘削機械が進歩した今のようなトンネル工事とは全く違う。岩に細い穴を掘りダイナマイトを差し込んで発破して岩を砕いて掘り進む、坑道は木組みと板で内側から天井や側面を補強して落盤を防ぐ、土砂を外へ出すのにベルトコンベアは利用したが、つるはしを使った人手による穴掘りの割合が高かった。
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だから工事に参加したゼネコン各社の下請け会社には、大勢の土方をまとめる強烈な個性のリーダー格がいた。トンネル掘りの情熱は誰にも負けないが、戦前の軍隊式のやり方で土方をこき使う古い世代のリーダー岩岡。そんな父親のやり方に猛反発する息子(石原裕次郎)。戦前と戦後の土木労働者の人権に対する意識の違い、世代間の違いが描かれて興味深かった。(戦時中の古いやり方で黒三ダムの工事があったという前史も初めて知った)
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だが土方達を昔風に扱おうが、近代的に扱おうが、大量の出水には関係ない。水抜き用のトンネルをメイントンネルの両側にいくつも掘ったが、いつまでたっても事態は打開できない。熊谷組の工事責任者北川(三船敏郎)の苦悩を解消したのは当時の最新技術、シールド工法。切羽(きりは、掘削の最前線の部分)の回りをシールドと呼ばれる大きな筒状構造物で保護して、掘り進めながらシールドも前に移動させていくやり方。シールドの後ろではトンネル内面に直ちにコンクリートをとりつけていく。大掛かりなこの工法を導入したおかげで破砕帯を通り抜けることができ、水がとまってからは一気に工事は進展した。お金のことは気にせずシールド・マシンを導入しろとハッパをかけた社長は太っ腹!
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一つのトンネル土木工事だけを扱った映画というのは、とても珍しいのではないだろうか? リニア新幹線のトンネル工事がこれから行われようとしている。南アルプスや中央アルプスのフォッサマグナを貫く長いトンネル工事の最中にも大量の出水はあるだろうが、もう映画になることはないだろう。トンネル掘り技術は長足の進歩をとげ、この作品のような人命にかかわるようなドラマはもうおきないだろうから。
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難工事にまつわる人間模様、不屈の精神の物語としても面白いし、工事そのものの内容も面白い、そして舞台となるフォッサマグナの地質のことを考えるのも面白い、いろいろと楽しめて、先人たちの苦労に頭を下げたくなるような作品でした。舞台となった黒部渓谷と黒四ダムにはいつか行ってみたいもの。