★ はたして“悪”とは何か…?
人間の尊厳に訴えかける重厚なるドラマ
異様な迫力に満ちた作品でした。
現代の視点で観れば目新しさがあるわけでもなく、太い筆で一本の線が引かれているだけなのですが、その墨の表面から浮かび上がるのは総天然色の輝き。そして“哀しみ”なのです。
物語の分類としてはサスペンス。
放火強盗殺人の被疑者と逃亡中に出逢った娼妓の物語を横軸にし、それを追う刑事たちの姿を縦軸に捉えています。土曜ワイド劇場などでよく見る光景ですね。
但し、本作の手触りは“本物”。
トタン屋根が風に叩かれ、ざらついた畳を思わせる感触は現代日本で再現できない領域。湿気を含んだ日本家屋の臭いも伝わってきますからね。邦画とは思えない重量感なのです。
また、当たり前のように配役も素晴らしく。
娼妓を演じた左幸子さんはまるで聖母のようですし、何よりも主演の三國廉太郎さん。野獣のような姿から立派な紳士まで幅のある演技は圧巻の限り。“役者バカ”という異名も納得なのです。
だから、主人公の描写が少なくても惹き込まれるのですよ。視線、言い回し、仕種のひとつひとつから彼の想いが立ち昇り、身体が自然と前のめりになるほど。だから、高倉健さんが演じる刑事の恫喝に憤りを抱きました。
ただ、その分、些細な粗が気になったのも事実。特に音と映像が合っていないのは物語世界から突き飛ばされるような気分でした。確かに「古い映画ならでは」の味なのですけどね。また、終盤の展開が強引なのも、それまでが丁寧な筆致ゆえに肩透かしでした。
まあ、そんなわけで。
鑑賞後に放心したのは、グイグイと攻め込んでくる作風の所為か、それとも三時間超の尺の所為か。サスペンスを観ていた筈なのに「日本は何処かで道を誤ったのではないか…」と思うほどに社会へ訴求している作品でした。
確かに飽食と言われる現代。
「物質的に恵まれても心は貧しくなった」と思うニュースを耳にしますからね。劇中で描かれない主人公の想いを辿るように…今一度、自分の足元を見つめ直したいものです。