滝和也

スキン・ゲームの滝和也のレビュー・感想・評価

スキン・ゲーム(1931年製作の映画)
3.5
ヒッチコック初期
英國時代の作品。

新階級である資本家と
旧家の争いはゲームの
如く、何1つ生まない…。

「スキン・ゲーム」

ヒッチコックの作品の中でも珍しい戯曲を元に描かれた作品で、殺人が起こらず、2つの家の悲しい争いを描いた作品。資料によれば…当時ヒットはしたものの批評家・ヒッチコック本人も納得していない作品らしい。

ある村で新興勢力である資本家が工場を建設。静かな村は喧騒に包まれ環境は悪化した。やりたい放題の資本家にその村の大地主である旧家は良く思ってはいなかった。更なる開発のため、土地を買おうとする資本家に旧家の奥方は計略を持って対抗するが…。

そこにあるのは金と自尊心。

この作品、殺人が起こらないだけでなく、実は犯罪者がいない。全てが犯罪スレスレで不名誉な行いのみが生まれる。

表向きは村の繁栄を口にする資本家は弱者や隣人に目も向けない、金のみだ。旧家は人助けを考えているようだが、自尊心を傷つけた新興勢力の無礼を許せない。※ブラックジョークの様に台詞がラスト付けられている。

つまり…英國に起こる階級闘争の歪と人の悲しい本性をストレートに伝えてくる。哀れなのは、その闘争に使われる最も弱きもの。そこに愛と言う救いすらない。この点もヒッチコックらしさがない。アンモラルである彼も救いのないラストはほぼないからだ。

またヒッチコックらしさを示す撮影術は中盤の競売シークエンスに集中しており、スピーディーなパンによる撮影や合成を使用した恐怖の印象付けなどスリリングなシーンになっている。またトーキー初期である故に全編に渡り音がかなり意識して入れられている。(競売シーンの咳は勘弁してもらいたいものだが)

ヒッチコックは無思想の巨人と言われ、人を驚かす様なサスペンスに傾倒した方だ。少し思想によっていたりする今作は面白さにやや欠けており、彼自身も納得いかないのは分かるような気がするものの、ただ並の技量でない故に悲劇も巧みであると言わざる得ない…。

このストーリーで生まれたものは悲劇。哀れだけだろう。
滝和也

滝和也